■岩崎邦彦(いわさきくにひこ)氏
静岡県立大学教授/「小が大を超えるマーケティングの法則」著者
上智大学卒業後、国民金融公庫を経て東京都庁に転じ、労働経済局にて中小企業の経営支援、地域振興に携わる。静岡県立大学教授となった今も一貫して中小企業が活用できるマーケティングの実践手法を研究し、経営支援で東奔西走の日々を送る。主な著書に「引き算する勇気:会社を強くする逆転発想」、「小さな企業を強くするブランドづくりの教科書」(日本経済新聞出版社)他多数。
前回のコラムで、「ブランドはマーケティングにおける最強の武器」と書きましたが、地域経済の現場では、ブランドに関する勘違いや誤解が少なくありません。ここでは、ブランドに関する「いくつかの誤解」を解いていきましょう。
誤解1 「知名度を高めれば、ブランドになる」
「知名度を高めて、ブランドをつくろう」という言葉を聞くことが多くありますが、「知名度=ブランド」ではありません。前回、事例にとり上げた「埼玉」「栃木」を知らない日本人はいないでしょう。両地域とも、知名度は100%です。では、ブランド力が高いかというと、そうではありません。
考えてください。実際、名前は知っているが、買いたいとは思わない商品は、世の中にたくさんあるはずです。一方で、全国的な知名度はないものの、特定顧客層に圧倒的に支持を受けているブランドも存在します。
誤解2 「品質を高めれば、ブランドはできる」
各地で、「品質向上によるブランドの確立」「安心安全でブランド化」といったスローガンをみかけることがありますが、品質や安心安全だけではブランド化は困難です。
品質のよい製品は、日本にはたくさんあります。「安心安全」もあって当たり前の時代です。ためしに「安心安全」をネット検索してみると、なんと1億件以上もヒットしました。
品質や安心安全は、ブランドづくりの前提です、いわば「土台」のようなものです。土台が崩れれば、ブランドも崩れます。品質や安心安全に対する信頼を失えば、ブランドだけでなく、すべてを失ってしまいます。
品質が低ければブランドにはなりませんが、品質が高いからといってブランドになるわけではないのです。
誤解3 「広告宣伝費がないと、ブランドはできない」
「大企業とは違って、中小企業は広告宣伝費が少ないから、ブランドをつくることはできない」
このような意見を中小企業の経営者から聞くことがあるが本当でしょうか。
ここで質問です。あなたが昨日見た広告で、今、具体的に覚えているものはいくつありますか? 実際に聞いてみると、1つも思い浮かばない人が大部分です。テレビやインターネットなどのメディアで、多くの広告に接触しているにもかかわらずです。
広告を見るために、テレビやインターネットを見る人はどれだけいるでしょうか。ほとんどいないはずです。そもそも、我々は広告を真剣に見ていません。だから、記憶に残りにくいのです。
もちろん、ふんだんにお金を使って広告を繰り返せば、「知名度」は高まるかもしれませんが、広告をしたからといって、「ブランド力」が高まるわけではありません。
中小企業の強いブランドは、広告というよりも、「口コミ」や「パブリシティ」(テレビ・新聞・雑誌などメディアによる報道)で生まれるケースが圧倒的です。顧客が顧客を呼び、メディアが顧客を呼び、ブランドが生まれるというメカニズムです。
口コミも、メディアの報道もお金はかかりません。ブランドに関する情報伝達は、広告宣伝費が少ない中小企業でも可能だということです。
中小企業の積極的な「ブランドづくり」へのチャレンジを期待したいと思います。
出典)岩崎邦彦『農業のマーケティング教科書:食と農のおいしいつなぎ方』日本経済新聞出版社