豆腐が日本の伝統食品であることは、疑い余地はないものであろう。これまで何万人、何十万人という職人や経営者がその産業に従事してきた。しかし、その市場において大きなシェアを持つ企業は未だ現れていない。現状では約8,000億円と言われる豆腐関連市場でシェア1位の企業でもせいぜいシェアは3%に過ぎない。
その市場において、大企業化を目指しているのが東証2部上場企業のやまみである。同社の2008年6月期の売上高はわずか22億円であったが、その10年後の2018年6月期の売上高は105億円である。ほんの10年で売上は5倍に膨らみ、すでに豆腐市場において売上高で5本の指に入るまで成長した。
同社の強みはその生産性の高さである。通常の豆腐ラインでは大手といえども1時間に5,000丁程度の製造に過ぎない。これは自動化ラインとは言うものの、ライン間の移動には人手を介すためである。しかし、同社はすでに一切人手を介さない完全自動化ラインを用いており、1時間に12,000-13,000丁の生産を可能としている。当然、高速ラインでは償却費が大きくなるが、一方で人件費比率は大幅に低下する。
豆腐製造はまさに人手に頼る部分の大きい産業である。そして昨今、人手不足、物流費上昇、エネルギーコストの上昇によって、従来から低水準にあった豆腐業界の収益性がさらに悪化している。その結果、業界内で中小企業、中堅企業の倒産、廃業が増えており、上位企業による寡占化が急速に進んでいる。上位企業は製造ラインの自動化、高付加価値化によって生き残りを図っているが、その中でも唯一完全自動化ラインによってコスト優位にある同社のシェア上昇にも弾みがついている。
中堅企業の撤退により、供給余力のある同社は顧客である小売業に対しても優位性が増し、こんなご時世でありながら、着実に価格引き上げが進行している。食品小売業にとって日々大量消費される豆腐は、売り場に不可欠な商品のひとつであり、大手量販店こそ他に代替供給先が見つからない中、同社の要求を飲まざるを得ない状況にある。
そのため小売業も、低価格を売りにする商品より付加価値を取れる商品に興味を持ち始めている。元来、大手豆腐メーカーは低価格製品を納入することで、付加価値製品向けの売り場スペースを確保できるため、生産性を高める努力を行ってきた。当然、収益への貢献度が高いのは付加価値製品である。同社も完全自動化ラインでローコスト化を追求する一方、その完全自動化ラインがあることで他社にはできない商品の開発を行ってきたが、最近はそのような付加価値のある独自製品のニーズが高まっている。
同社では今年9月に富士山麓の新工場が立ち上がる予定である。現在、同社の販売エリアは九州から中部までであるが、新工場稼働後に市場とする関東において、すでに小売業との納入交渉も進んでおり、想定以上に順調な模様である。関東の小売業との納入交渉ではかなりの手応えがあり、思惑通り付加価値製品が消費者にも受け入れられれば、2020年6月期には減価償却費増を吸収して、20%程度の増益も可能であるが、当初はもう少し慎重な見通しになる可能性もあろう。とはいうものの、2021年6月期にはさらなる大幅な増収増益が期待される。
この同社の関東進出によって、知名度も全国区になり、いよいよ大企業化への道の一歩を踏み出したと言えるのではなかろうか。
有賀の眼
食品産業は外野から見ればそれほど技術革新があるようには見えないかもしれないが、実は裏に回れば日々技術革新が進行している。たとえばかつては、保存食の代表は缶詰、瓶詰であったが、その後レトルト、冷凍、フリーズドライが出現しバリエーションが大きく広がった。ただし、これだけでは技術革新の本質はわかりにくい。技術革新の本質は、その味の向上である。こればかりは、個々人が昔の味と今の味を比較して感じるしかないのであるが、出始めのころの冷凍食品と今の冷凍食品では全く別物というほど味のクオリティが劇的に向上している。
とは言うものの、その食品市場で成功した上場企業を見ても、少なくとも国内では大半の市場が成熟し、あるいは大手企業同士の競争となり、個々の企業の成長性は他産業に比較して見劣りすることは間違いがない。
その中にあって、同社は依然、先輩上場食品企業との比較で規模は小さいものの、現時点におけるその成長スピードは図抜けたものに見える。売上、利益の拡大スピード、生産ラインのスピードは目を見張るものであるが、同社の強みはそれと並んで経営のスピード感である。
広島の片田舎の会社が、関西に工場を構えたのが2012年、そして2016年にJASDAQに上場し、2018年には東証2部に昇格し、2019年には関東市場での展開を目指して富士山麓に工場を立ち上げる。このスピード感は、なかなか今の上場食品メーカーには見られないものであり、同社の今後の展開は要注目であろう。
一方で、見方を変えれば、技術革新によって、人手がかかる伝統産業において、省力化に成功すれば、たとえ成熟市場であっても高成長を遂げることができる例として、参考になるのではないかと思う次第である。