日本経営合理化協会主催の「氣の道場」に、ある病院の院長が参加されました。参加の動機をお尋ねしたところ、仕事でイライラすると声を荒げることが多く、それを何とかしたいとのことでした。
お話している範囲では、物腰は柔らかく、温厚なお人柄に見えましたが、普段は相当にお忙しい様子でした。
どんな時に声を荒げてしまうのかをお聞きすると、「相手が自分の話をすぐに理解出来ないとき」「相手が自分の尋ねていることに答えないとき」「相手の態度がはっきりしないとき」と言われました。
呼吸が乱れているとき、外部からの刺激は何倍にもなって身体に伝わるものです。普段であれば何でもない一言でも、イライラしているときには氣になってしまうものです。
刺激に対してすぐに反応する人、過剰に反応する人は、良い人間関係を築くことが出来ません。いったん発せられた言葉は取り消すことが出来ません。感情的になって言葉を発すると人間関係を損なってしまいます。
一方で、刺激に反応しないようにしても余計に氣になるものです。それでは一体どうしたら良いのでしょうか。
このとき「ひと呼吸おく」ことが役立ちます。
刺激に対してすぐに反応する前に、氣の呼吸法で行ったように「息を静かにゆっくりと吐き、吐き終わりが無限小に静まる」のを待ちます。
たったひと呼吸おくだけで刺激は収まります。それから対応することで、言わなくて良いことを言わずに済みます。文字通り「ひと呼吸おく」のです。
私自身も子供の頃は氣性が荒く、刺激に対して常に過剰に反応していました。周囲と人間関係を構築するのが苦手で、それを見かねた藤平光一(当時は父)が私に「ひと呼吸おく」ことを教えました。
実践するようになってから、刺激に対して冷静に対処出来るようになりました。ゆえに今の仕事が出来ています。
自分自身の体験は様々な人々にも役立っています。
ロサンゼルス・ドジャースのキャンプで指導をした際、一人のピッチャーがいました。能力的には大変優秀なのですが、チームメートがエラーをすると腹を立て自滅してしまう悪い癖がありました。
ベンチに帰ってくると、グラブやボールを壁に投げつけ、辺りの物を蹴飛ばしていました。エラーをした選手は勿論、他の選手も彼を敬遠する様になり、球団は「コミュニケーション能力に問題あり」と判断して、解雇の一歩手前まで来ていました。
そんな中で、キャンプで「氣の呼吸法」を指導する機会がありました。彼は何かを感じたのでしょう。誰よりも熱心に質問をしていました。その後、彼は何かあると「ひと呼吸おく」ことを始めました。
それまでは刺激に対して即座に反応していたのが、冷静に対処出来るようになったのです。試合で自滅することもなくなり、チームメートも彼のことを受け入れるようになりました。
この後、この選手は氣の呼吸法によって選手として最大のチャンスを掴むことになります。
呼吸が乱れるとパフォーマンスを発揮することが出来ません。「呼吸を静めること」は重要ですが、問題は「どうしたら出来るか」が分からないことです。
呼吸は静めようとすればするほど静まらなくなります。器に水を張ると、その瞬間は波だっていますが、そのまま放っておけば波は無限小に静まっていきます。波を静めようと水面に手を触れると、それが新たな波となって水面は静まりません。それと同じことです。
「吐くに任せて、吸うに任せる。自然な姿勢(統一体)を保ち、わざわざ呼吸をコントロールしなければ、呼吸は自然に静まって行きます。このとき、同時に心も静まって行くのです。
さて、先述の院長がセミナーに参加された翌年、院長のお嬢さんがセミナーに参加されました。参加の動機をお尋ねすると、「あの父がここまで変わったので、どのようなセミナーなのか体験したくて参りました」とのことでした。それまでは常に声を荒げていたお父様が、職場でも家庭でも全くしなくなったそうです。
呼吸が変われば人生が変わる。これは決して大袈裟なことではないのです。
氣の呼吸法を行う総本部施設(栃木県)