少し前の話になります。8月下旬に千葉の幕張メッセで開催された「JAPAN DIY HOMECENTER SHOW」で、「新商品コンテスト」の審査委員を務めました。エントリーする数多くの企業のプレゼンを聞き、商品を手に取り、そして審査委員で議論を進めたのちに、受賞商品を決めました。
経済産業大臣賞の獲得となったのは、どんな商品かといいますと、これです。

ステンレス製の定規です。新潟県の三条市にある新潟精機の商品で、その名を「フック付スケール快段目盛 両面」といいます。実勢価格は1694円。
新潟精機は、精密測定機器の製造に携わる実力派企業です。同社の商品は、自動車やロケット製造などの現場で重宝されています。ミクロン単位で長さを計測できる商品群は、こうした精密な仕上がりが必須なものづくり現場に欠かせないという話なのですが、同社はそのほかにも、今回受賞したような定規も製造販売しています。やはり、ものづくり企業の職人さんが仕事で使うための道具です。
数あるエントリー商品のなかから、なぜ、成熟商品領域である定規が選出されたのか。もちろん理由がそこにはありました。

この画像をご覧ください。よくある定規とは目盛りの刻み方が異なることがおわかりいただけるかと思います。
1ミリずつ、目盛りの長さが階段状になっていて、偶数(2ミリ、4ミリ…)には先端に小さな丸が付いてもいる。だから数値を読み取りやすい。ものづくりの現場できわめて細かな部品を扱う職人さんたちにとって、たやすく目盛りを確認できるというのは大事な話になります。
先ほどお伝えしましたように、定規というのは成熟商品もいいところで、何か新しい趣向など求めるべくもないかと思ったら、決してそうではなかったわけです。こうした配慮あるデザインというのには、確かに意義がある。
ただ、この目盛りデザインを新潟精機が編み出して商品に取り入れ始めたのは2011年のこと(今回の受賞商品は、そのシリーズのなかでの新たなラインナップ)。ならばどうして、今回の受賞となったのか。
新潟精機の社長によるプレゼン内容に、審査委員一同が唸ったからでした。プロの職人さん向けの仕事道具であるはずだったこの定規シリーズですが、当の同社にとっても全く想定外だったユーザーが手にし始めているというのです。
それは子どもでした。あるとき、新潟精機のもとに1本のメールが届きます。学習に困難を抱えるお子さんのいるお母さんからだったといいます。目盛りを読み取りやすいこの定規のことを偶然知ったお母さんが、これを購入してお子さんに渡したら、算数の授業で苦労しなくなった、との感謝のメールでした。
ここで、新潟精機の社長は気づきます。「プロの職人が読み取りやすい定規とは、学習困難な子どもにも読み取りやすく、さらには多くの人にも読み取りやすいのだ」と…。
これって、まさにインクルーシブデザインの話です。それまで商品開発で対象外とされがちだった消費者層をも取り込むかたちで、結果として、よりたくさんの人にとって救いとなる商品づくりをデザインワークによって成就する、というのがインクルーシブデザインの意味であり意義です。新潟精機の定規はその見本のような格好となった。

新潟精機は、ここで動きを止めませんでした。これまではもっぱらプロ向けの測定機器を製造してきた企業ですが、4年前から子ども向けの商品をつくり始めるという判断をし、それを実践します。
同社独自の目盛りデザインを用いた定規をただ単につくるだけではなく、ステンレスより手頃な樹脂を使って定規を製造して、全国各地の学校の求めに応じて配布提供するという取り組みにも着手しました。
さらにこの夏、定規の目盛りと同じデザインを採用した分度器も開発しました。「両面分度器 快段目盛」という商品名で、半円タイプが1320円です。高価格なのはアクリルを素材にすることを決めたためらしい。子どもがこの分度器を使ううちに黄ばんだり曇ったりしたら、せっかくの目盛りが読みづらくなる。だからこそ、子どものために、透明度にも耐久性にも長けたアクリルでなければ、と決めた。
この分度器、発売する前から全国の小学校や子どものいる家庭からの問い合わせが相次いだそうで、同社としては予想をはるかに超える反響であるといいます。
新商品コンテストの審査委員を務めたおかげで、とても勉強になるエピソードに出逢うことができました。
























