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「見せる化」の経営――ESG 時代に社員と地域を動かす石坂産業の一石三鳥の経営術

楠木建の「経営知になる考え方」

脱・産廃宣言が切り拓いたESG・SDGs最前線

 2002年に「脱産廃」を宣言し、リサイクル・メーカーに転換、業界に新風を吹き込んできた石坂産業。廃棄物の減量化・再資源化率は98%に達するなど、いまやESG・SDGsの象徴的存在として広く知られ、国内はもとより世界から多くの見学者が訪れているようになっている。

 2002年に社長に就任した石坂典子氏は会社の内と外から大胆な改革を進めてきた。リサイクルのための減量化設備を40億円かけて完全屋内型プラントにするなど「攻めの投資」を続けている。

 リサイクルプラントを完全屋内型にしたのは、塵埃や騒音を外に漏らして近隣住民に迷惑をかけないためだ。これを地域に愛される産廃業者になるための第一歩と位置づけた。と同時に、社員たちの労働環境を整えるためでもあった。露天でリサイクル作業をするのはきついからだ。

 もっとも注目すべきは、廃棄物をリサイクルしていくプロセスを公開したことだ。公開を始めたきっかけは、完成した屋内プラントについて、一部の人が「石坂サティアン」と呼んでいると知ってショックを受けたことだった。 「サティアン」とは、かつてのオウム真理教の施設のことだ。

公開10年で生まれた住民の共感と指名買い

 地域住民に配慮して40億円かけて屋内型にしたのに、そんな目で見られたのが悲しかったと石坂氏は言う。「それなら、なかでやっていることを公開しよう」と考えて、2億円を追加投資して見学通路を建設した。先代の父は、「そんなことをしても、重箱の隅をつつくように批判されるだけだ」と、当初は反対だった。石坂氏は「地域に愛される会社になるために大事なことですから」と説得し、公開に踏み切った。

 公開を始めた当初は、招待した地域住民や環境団体から厳しい質問も受けた。石坂氏は誠意を持って説明し、対話の機会として取り組んだ。その積み重ねを10年近く続けるうちに、「石坂産業は真面目にやっているな」とか、「応援してあげよう」と言ってくださる方が、少しずつ増えていった。地域の人が家の取り壊しの際などに、石坂産業を産廃業者として指名するケースも増えていった。

“見られる”力が職場を変える

 経営情報の開示が大事だとよく言われるが、石坂氏がやってきたことは情報開示の域を超えている。「見える化」ならぬ「見せる化」――わざわざありのままを見せている。

 これが従業員の働き方にもプラスの影響を及ぼした。従業員のなかにも見学に反対の人は当初多かった。「俺たちは見世物じゃない」という反応だった。しかし、見学者が増えてくると、その人たちの声を通じて、彼らも自分たちの仕事の価値を意識するようになった。社長が言うより、第三者から言われたほうがずっと説得力がある。見られること自体の効果も大きい。いまでは毎日大型バス二台くらい見学者が来社する。社員たちも常にその目を意識して行動する。工場内の清掃もみんなが進んでやるようになった。

 優れた経営者は、一つのことのためだけには動かない。動くときには必ず一石二鳥、三鳥になることを狙って手を打つ。石坂産業の仕事を「見せる化」した試みが、働く人々の意識を変え、モチベーションを上げることにもつながった。

「見える化」から「見せる化」へ

 「見せる化」によって社員たちのモチベーションが上がるというのは、実は経営学では昔から指摘されていたことだ。「ホーソン実験」という有名な研究がある。100年ほど前、アメリカのウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われたためにこの名前がついている。ホーソン工場で働く人たちを被験者にして、どういうやり方をしたら生産性が上がるかを細かく調べた実験だ。例えば、照明の角度を変えるとか、休憩を取る頻度を変えてみるとか、何曜日に休ませるとか、いろんな変数を変えて実験を続けた。

 結果は驚くべきものだった。条件の変化に関係なく、一貫して生産性が上がったのだ。なぜか。実験の被験者に選ばれて、常に「見られていること」それ自体がモチベーションを上げていたことが分かった。この発見は「ホーソン効果」と名づけられている。これと同じことが石坂産業で起きている。

 「見える化」はオペレーションのカギだ。それに加えて「見せる化」にも取り組んでみる価値はあるだろう。

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