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マネジメント

リーダーが学ぶべき「日本の経営者の東西横綱」とは誰か?

楠木建の「経営知になる考え方」

日本の経営者、東の横綱「松下幸之助」

 「経営の神様」と称された松下幸之助(1894-1989)。日本のオールタイム経営者番付で東の正横綱を張るのは依然としてこの人だろう。

 1965年に幸之助は新聞に意見広告を出した。タイトルは一言、「儲ける」。「今日、企業の儲けの半分は、税金として国家の大きな収入源となり、このお金で道路が造られたり、福祉施設ができたり、また減税も可能になり、直接に間接に全国民がその恩恵を受けているのであります。……みなさま、適正な競争で適正に儲けましょう。そして、国を富ませ、人を富ませ、豊かな繁栄の中から、人びとの平和に対する気持ちを高めようではありませんか」――名ばかりの「パーパス経営」が横行する昨今、経営の王道を往く言葉にはひときわ重みがある。

 どんなに優れた経営者でも一人でできることには限りがある。人に仕事をしてもらうのが経営だ。病弱だった幸之助にとって、経営はとりわけ切実な問題だった。その原点にして頂点が個別事業を一つの会社に見立てて運営管理する事業部制だ。幸之助は経営までも人に任せた究極の経営者だった。

経営者に必要な資質の最上位「言葉の力」

 言葉の力は経営者に必要な資質の中でも最上位にある。言葉でなければ伝わらない。自らの言葉で人を動かし、組織を動かし、商売を動かす。幸之助は言葉の力において傑出していた。

 例えば自著『道をひらく』。世界中で読み継がれるベストセラーだ。有名な最初の一篇「道」はこう始まる――「自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけにしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道」。エンディングは「それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる」――小学生でも読める平易な文章だ。

 「素直に生きる」「本領を生かす」「日々是新」「視野を広く」……ありきたりのことを言っているように見える。しかし、幸之助の言葉は強く響く。腹の底から出ている。フワフワしたところが一切ない。繰り返し困難に直面し、考え抜いた先に立ち現れた真実を凝縮している。経験の中で掴み取った材料をすべてぶち込んで煮詰め、濾過した果てに残った無色透明の出汁のようなものだ。直球一本勝負。やたらと球が速い。しかも、重い。

「言動一致」ではなく「動言一致」

 経営の神様も人間だった。岩瀬達哉の傑作評伝『血族の王』は幸之助の生身の姿を直視する。儲けへのむき出しの執念。糟糠の妻と愛人との二重生活。袂を分かって三洋電機を創業した井植歳男との確執。血族に会社を継がせるための画策。やたらと脂っこい。「素直に生きる」どころではない。

 「首尾一貫している人など私は一度も見たことがない」――サマセット・モームが喝破したように、矛盾にこそ人間の本質がある。過去の成功体験にとらわれた晩年の迷走や血族経営への執着は老醜に近い。そうした矛盾を抱え、葛藤に苦しみながら、最後に「素直に生きる」と絞り出す。自分を棚に上げず、矛盾と真正面から向き合う。だからこそ、言葉に尋常ならざる迫力がある。

 「言動一致」ではなく「動言一致」の人だった。先に言葉があって、それに合わせて行動したのではない。まず行動があり、試練を経て残ったものだけを言葉にする。必然的に行動と言葉が一致する。身悶えるような経験から得た結論を、念じるような気合を入れて言葉にする。それは絵にかいたような理想ではない。文字通りの理念だった。経営の起点にして基点は経営理念にある――松下幸之助はこの普遍の真理を体現した大経営者だった。

日本の経営者、西の横綱「小林一三」

 西の横綱は小林一三(1973-1957)。数々の独創的事業を一代でつくり上げた。その偉大さは松下幸之助に比肩する。

 同時代を生きた二人には共有点が多い。合理主義。人間の本性に対する深い洞察。大きな構想から演繹的に出てくる事業展開。戦後の公職追放の経験。長寿。そして何よりも、二人は日本人の生活を大きく変えたイノベーターだった。

 違いもある。あらゆる不幸を背負いながら叩き上げで成功した幸之助は、「水道哲学」が象徴するように、モノの大量供給を通じて、不便や不足といった世の中のマイナスを解消しようとした。豊かな家に生まれ慶應義塾を経て普通に銀行に就職した小林はゼロからプラスを創ろうとした。楽しさ、快適さ、健全さ――モノよりもコトを追求し、人間生活の意味にこだわった。

 小林の戦略構想は、個別の打ち手以上にそれを繰り出す順番に妙味がある。どこを切っても「こうすると、こうなる」というストーリーになっている。思考に時間的奥行きがある。しかも論理で繋がっているから無理がない。

経営者である以上に「希代の天才興行師」だった小林一三

 小林には常人とは違った景色が見えていた。明治の時点で中産階級が担い手になる社会がやってくると見抜いていた。鉄道が先にあって不動産開発が出てきたのではない。阪急電鉄は小林が理想とする都市開発の手段に過ぎなかった。沿線に暮らす人々の需要に火をつけ、市場を創造した。小林の事業はいずれも住民の生活動線を捉えたものだった。これが日本固有の私鉄経営モデルとなった。

 阪急百貨店のコンセプトは「ターミナル・デパート」。どのデパートもお客を集めるのにやたらとコストをかけている。これでは本末転倒で、そもそもお客がいっぱいいるターミナル駅にデパートをつくればよい。そうすれば「薄利多売」の商売が可能になる。その論理が面白い。普通なら「薄利だから多売しなければならない」となる。ところが小林は、始めに多売を確保できれば、薄利でいいと考える。食堂でライスだけ注文して、置いてあるソースをかけて食べているお客も歓迎する。有名な「ソーライス」だ。いずれは収入が上がって家族を連れてきてくる。優れた戦略ストーリーの条件は好循環にある。

 エンターテイメント事業にしてもそうだ。一流の役者と劇場を使えば、これだけのお金がかかるから、それを払える人だけを相手にするのが松竹。それに対して小林は、大衆が払えるお金でも映画・演劇の興行が成立するだけの大型の劇場をつくる。エンディングから逆算してストーリーを描く。小林の真骨頂だ。

 晩年の小林はいよいよ劇場経営に傾倒し、「新しい国民演劇の殿堂」を目指した新宿コマ劇場の成功に執念を燃やした。大衆の本性を射抜くコンセプトから戦略ストーリーを構想し、そのストーリーの上に大衆を乗せて動かす――宝塚歌劇団や東宝映画のみならず、鉄道や宅地開発、百貨店まで、手がけた事業のすべては小林の一世一代の「興行」だった。小林一三は経営者である以上に希代の天才興行師だった。

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