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逆転の発想(7) 不器用は強い(野村克也、小川三夫)

指導者たる者かくあるべし

 ノムさんの努力、工夫の原点
 先月の本コラムで取り上げた不世出の大打者・野村克也氏(以下敬称略)が亡くなった。幼いころから「ノムさん」のプレーを目当てに大阪球場へ足を運んだファンとして喪失感は大きい。高校野球界では無名の京都・峰山高校からテスト生で南海球団に入団した彼は、戦後初の三冠王、ヤクルト監督として四度のセリーグ 制覇(うち三度は日本一)に導いた。「不器用な自分を自覚したから努力があった」と言う。
 
 彼がヤクルト監督八年目の1997年、広島から小早川毅彦が移籍してきた。P L学園、法政大学、広島時代、スラッガーとして鳴らした天才肌の打者だが、その打力は移籍の二、三年前から、明らかに衰えを見せてはじめていた。
 
 キャンプでの打撃練習を見て野村は、「器用さに頼っている」と小早川の不振の原因を見抜いた。才能に頼っていては、年齢を重ねて体力が落ちるにつれて投球への反応が遅れ打ち損じることが増える。彼は小早川にアドバイスした。
 
 「おい、自分を不器用だと思ってみたらどうだ。そう思えたら、投手の配球を読んだり、いろんな研究や工夫をしたりするようになる。不器用に徹するのも悪くないぞ」
 
 小早川は憑き物が落ちたように打撃スタイルを変える。投手の心理、配球に気を配るようになった。巨人との開幕戦で三打席連続ホームランを放ち、放出した広島を悔しがらせるほどの大活躍を見せる。「野村再生工場」がまた一人の選手を蘇らせたのだ。そして、このシーズン、不動の主軸を得たヤクルトは3度目の日本一に輝いた。
 
 野村は、自らを育ててくれた「不器用の強さ」を再確認したという。不器用さの自覚は努力、工夫の原点なのだ。
 
 「器用は損や
 同じ話は職人の世界でもある。法隆寺の宮大工で薬師寺の金堂など数々の再建作業を仕切った昭和の名棟梁の西岡常一に学び独立した小川三夫に人材教育について取材したことがある。彼は、「器用な弟子は絶対に大成しない。器用は損や」と断言した。
 
 いぶかしがる筆者に小川は説明した。
 
 「器用な人間は、一教えたら十わかる。教わったことをすぐにできるから、仕事の本質、本当の怖さを知らない。仕事でもものの考え方でも深くまで入っていかない」
 
 徒弟制度だから、棟梁としては少しでも早く一人前に育ててやりたい。早い人間は三年で独立してゆく。作業場で話を聞いていると、小川はカンナをかける一人の弟子を指差した。「この子はね、十八で弟子入りしてもう三十だ。覚えは悪い。だけどね、だからじっくりひとつずつ時間がかかる分、深く体で覚えていく。花はゆっくり咲くほうがいい。それが大事なんだ」。
 
 こうも言う。「器用なやつは、頭の中も器用だ。なんでも楽な方を選ぶ。宮大工は割に合わない仕事だとなると、さっさとやめて別な仕事探す。不器用な子はこれしかできないから、この仕事を極めることになる」
 
 「器用な人間は、壁にぶつかったときに困るんだ。たとえば、器用な人間はさっさと会社を作ることはできるけれど、経営が危ないとなったら耐えられず逃げてしまう。立て直すより別な仕事を探すものだ」
 
 人事採用の盲点
 宮大工の仕事は息が長い。普通の住宅なら一年で建つが、お堂なら五年、塔や山門まで伽藍全体を請け負えば何十年もかかる。そんな作業を器用さだけではこなせない、小川は言う。「器用な人間は、仕事がはやいから余計な時間ができる。すると余計なことを考えて息の長い仕事にじっくり打ち込めない」
 
 話は学校教育に及ぶ。「学校は促成栽培だから、先生も、器用で物覚えがはやい子を喜ぶ。つまり成績がよくて、できる子を可愛がる。そういう子は職人の世界じゃ通用しないね」
 
 人材は企業の命であり宝。人事採用にあたって、学歴、学校成績、面接の受け答えの如才なさを評価して、「器用な人材」ばかりを選んでいないだろうか。
 
 器用さをめぐる二つのエピソードは、決してプロ野球、宮大工という特殊な職人世界の話だとは思えないのだが。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
※参考文献
『「小事」が大事を生む』野村克也著 扶桑社
『不揃いの木を組む』小川三夫著 草思社

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