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第64話 ビヨンドコロナを見据える、とは?

北村森の「今月のヒット商品」

 先月以来、出張先のホテルが予約しづらくなって大変です。仕事仲間に尋ねても同じことを話していました。

 

 おそらく、先月(2022年10月)から始まった、政府による「全国旅行支援」が効いてきた、という側面もあるのでしょうね。ある地方のシティホテルで聞くと、ちょっとした混乱もあるようでした。割引を受けるには、本人確認書類やワクチン3回接種証明(または検査結果)が必要なのですが、それを携えてこない利用者がときおり訪れて、チェックイン時に揉めることもあるらしい(私もうっかりのないように、出張時には注意しています)。

 

 2020年の春から逆風にさらされてきた観光業にとって、現在の活況はありがたいところと思いますし、これでひと息つけるなら、それはいいことであるとも感じます。ただ、その一方で、忘れてはならないこともあるのではないか、と私は思います。それは…。

 

 地方の観光業界にとって真の危機はいつ訪れるのか、という話です。今回は私自身が携わっている事例をお伝えすること、どうかお許しください。全国旅行支援が話題を呼んでいる今だからこそお伝えしたいことがあるためです。

 

 北陸の富山県に、南砺(なんと)という地域があります。合掌造り集落の世界遺産・五箇山のある里山です。

 昨春(2021年春)、南砺市観光協会の当時の専務理事から連絡を受け、突然こう質問されました。

「北村さん、南砺に限らず、全国各地のちいさな観光地にとって、本当の危機がやってくるのはいつだと思いますか」。

 

 まあもう、2021年春の時点で深刻な危機に見舞われているはずとも感じましたけれど、専務理事の言葉はこうでした。

「本当の危機は、コロナ禍が一段落した、その場面でくるんですよ」

 

 ああ、確かに…。移動の制約が完全になくなれば、多くの人は、ごく限られた有名観光地に目を向けるかもしれません。国内だけではなく海外にも行くでしょう。しかも、です。コロナ禍が完全に収束すれば、その時点で政府や自治体の補助金や助成金はなくなるとも考えられます。

 

 だったらどうするか。宿や飲食店が身を削るようにして値引き競争に走るべきなのか。いや、それは無理でしょう。ただでさえ体力が落ちている状況で、これまで以上の値引きをすれば倒れてしまいます。専務理事はいいました。

「だからこそ、補助金や助成金に頼らず、値引き競争にも加わらず、その地域ならではの魅力を再発掘しないといけません。そのアピール力をもってしてお客さまに訪れてもらえるように、今から地域をブラッシュアップすることが急務なんです」

 

 私は納得しました。この社会状況下では観光関連の割引施策が一定の効果を持つことは否定しません。だけれど、そういった施策はずっと続くわけではありませんね。現に、全国旅行支援もいつまで財源がもつかわかりませんし。

 

 こういう会話を交わしたのちに、私は北陸・南砺で、観光業のブラッシュアップ事業に参加することを決めました。南砺市観光協会からのミッションは、

①地域の魅力に光を当てて、宿や飲食店の実力アップを助けること。

②具体的な宿泊プラン、それもいっときのものではなくてずっと販売できるプランを創出すること。

この2つでした。

 

 私はすぐさま提案しました。「だったら、2泊3日でお酒を飲み尽くす宿泊プランをつくってしまいましょう」。なぜか。

 

 この南砺には、クラフトビール、日本酒、ワイン、そしてウイスキーと、地域に根づく蔵は6つもあるんです。ここにくれば、醸造酒から蒸留酒まで、もうまさに飲みまくれるという話。

 

 酒離れが指摘される時代になぜまた? 理由は2つあります。まず、酒離れといわれるなかでも、美味しい酒はちゃんと売れているという事実があること。若い世代でも、いい日本酒に振り向くケースが実はある。実際、ジャパニーズウイスキーは冬の時代から完全時脱却して、いまや老若男女に人気ですね。そしてなにより、この地元には酒蔵が厳然としてあるんです。酒離れだからなどと斜に構えていてはなにも始まりません。ここにあるものを生かすという姿勢こそが大事と考えました。



 今年(2022年)の春、その宿泊プランは完成しました。南砺の宿・飲食店それぞれ10軒を超える事業者が参画して、お客さまがそれらを自在に組み合わせられ、お望みならば、酒蔵見学もできる。朝から晩まで酒尽くしと謳った「南砺だから まるごと酒旅」と銘打つ宿泊プランです。

https://www.nanto-sakebitari.com/ (公式予約サイト)
https://www.facebook.com/nanto.sakebitari/ (Facebookページ)

 

 夜だけではなくて、朝酒、昼酒をも満喫できる2泊3日のプランで、2日目は貸切のタクシーチャーター(先着1組はトヨタ・アルファードを使用)という内容です。要するに、この地域にある「足許の宝」に着目したわけです。急ごしらえでも厚化粧でもない、そこに必然性ある宿泊プランにしたいと考え、このような提案をして、完成へと至りました。



 この「まるごと酒旅」、その料金は安くありません。出発地と南砺までの交通費は含まず、1泊目の宿、2日目の昼食、2泊目の宿、それにタクシーチャーター代を含めると、おひとり当たり約5万円〜8万円です。それでもこのプランの発売に踏み切ったのは…。

 

 「まるごと酒旅」の登場をきっかけに、地元の観光業の皆さんが地域の魅力に改めて気づき、また、自身の宿や飲食店の実力磨きのきっかけにしてもらえれば、と考えたからです。現時点ではプロモーションの途上にあり、数十組を超える予約が殺到するというところまでは到達できていませんけれど、ここまでの状況を分析すると、とりわけ旅や食に聡い消費者層が申し込んでくださっているという印象が強くあります。1組当たり単価は10万円台後半となっており、これは当初の目標通り。今年度下半期には、東京都内でのプロモーションイベントやメディア露出がある予定で、そこを次の起爆剤にしたいとも考えています。

 

 無理を覚悟の値引き競争に必ずしもくみさず、中長期的な目標を掲げて、できることから少しずつでも積み重ねていく。ビヨンドコロナに向けた地域の取り組みにおいてはそれがひとつのやり方ではないかと、私は考えています。

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