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時代の転換期を先取りする(15) 燃料革命(チャーチル)

指導者たる者かくあるべし

 英独海軍軍拡競争

 後に英国の首相として第二次世界大戦を勝利に導いたウインストン・チャーチルが海軍大臣に就任した1911年は第一次世界大戦の前夜で、仮想敵のドイツの海軍力増強への対策が急務だった。

 世界最強の海軍力を誇る英国だったが、遅れて登場してきたドイツ帝国は、19世紀末から世界への植民地建設を急ぎ、年次計画を立てて海軍力の急速な強化を推進していた。英国は艦船数では圧倒していたが、ドイツが次々と新造する巨砲を備えた新鋭の戦艦、巡洋艦は大きな脅威となる。1912年に入ると、ドイツは海軍法を改正して、戦艦の建造ペースを1.5倍に引き上げた。チャーチルは、いずれ英独の軍事衝突は避けられないと見て、海軍力の増強と改革に全力を上げる。英独の海軍力の軍拡競争は激化する。海軍について経験の浅いチャーチルは、元第一海軍卿(提督)のジョン・フィッシャーを顧問に迎え入れて改革に努める。

 チャーチルは海軍大臣時代について回顧録で、「一旦、それ(海軍改革)に引き入れられると、それは私の心の中で、他のすべての関心を圧倒した」と振り返っている。のめり込む。

 石炭から石油への燃料転換

 とりわけ彼が力を注いだのは、艦船の高速機動化だ。当時の軍艦の燃料は石炭だった。それを新エネルギーとして注目されつつあった石油への転換を進める。石油は石炭に比べてエネルギー効率が高い。さらに同じ出力を得る燃料体積が小さい。流体であるから燃料の積載作業は容易く、燃料をボイラーにくべる水兵たちの労働負担も小さい。艦艇は高速化も実現し、航続距離も長くなる。艦隊の機動力が増す。

 いいことずくめなのだが、海軍内、議会内での反対論は根強かった。「石炭なら、南ウエールズに良質の石炭を出す炭鉱があり、国内で100%賄える。石油は国内には油田がないから、全量を輸入に頼らざるを得ない。エネルギー安全保障面で問題が大きすぎる」という反対論だ。水兵の負担など、取るに足りない問題だと、貴族である海軍卿たちは主張した。

 当時、世界各国の海軍では、日本を含めて、軍艦用の重油ボイラーは研究段階だったが、チャーチルは改革派のフィッシャーを取り込んで、石炭から石油への燃料転換を進めた。その執念は、蔵相のジョージ・ロイドが。「チャーチルは予算面も考慮せず、口をひらけば、ボイラー論議だ」と鼻白むほどだった。

 チャーチルは、周囲を説得して予算を取り付け、2万7500トン級の高速重油ボイラー戦艦「クイーン・エリザベス」を就航させる。その後の英国海軍の新造軍艦は、これが標準となる。

 エネルギーを支配するものが世界を制する

 チャーチルの頭の中にあったのは、軍艦の燃料だけの問題ではなかった。やがて火を噴く第一次大戦で登場してくる新兵器の戦車も、航空機も石油なしでは動かない。近い将来、世界の主要エネルギーは、石油に取って代わるという未来予測図を持っていた。

 エネルギー安全保障についても彼は手を打っている。燃料改革に合わせて、産油地のイランでの石油を掘削するアングロ・ペルシャ石油会社を200万ポンドで創設する提案を閣議で了承させている。この会社はのちにブリティッシュ・ペトローリアム(BP)に発展し、北海油田を開発し、英国は原油の安定供給の恩恵を手に入れ、石油輸出国となる。

 現代世界は、エネルギー安全保障をめぐる力の争いが続いている。翻ってわが国のことを考えると、今から78年前、米国とアジア太平洋の覇権を争って敗れた。世界に冠たる帝国海軍を押し立てて。しかし、開戦前、その機動部隊の艦船の、そして零戦の燃料も含めた武器、産業設備を稼働させる石油の80%の輸入先は、敵である米国だったという現実がある。それを禁輸されて勝てるわけがない。

 エネルギーを支配するものが世界を制する。これが現実なのだ。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『チャーチル イギリス現代史を転換させた一人の政治家』河合秀和著 中公新書
『チャーチル 不屈のリーダーシップ』ポール・ジョンソン著 山岡洋一ら訳 日経BP社

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