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人間学・古典

第59話 「始まりと終わり」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 何事にも始まりと終わりがある。などと大上段に振りかぶっていうことではないが、我々はそれを忘れがちである。10代の頃には、「時間」など永遠に近く、厭と言うほどあると思い込んでいた。若さゆえの希望と無知だ。社会へ出て、仕事や家庭に追われるようになり、そうではない事に気付いた。しかし、それでも「まだ大丈夫」と思っているうちに、どう計算しても、今まで生きてきた時間よりも残り時間の方が少ないことに気付いた。(中にはその手前の方も大勢いらっしゃるでしょう、ごめんなさい)我々が体感しうる最も長い、自らの人生に対する感覚からしてこの通りだ。

 

 これを砕いていけば、一年の始めと終わり、月の始めと終わり、仕事の始めと終わり…、いくらでもある。意識するもの、しないものが混在する中で、いろいろな物の「始まり」と「終わり」を考えてみるのも、頭の体操になることがある。

 

 我々の何十年かの人生の中に、一体どれほどの「始まり」と「終わり」があるだろうか。明確に意識をするものもあれば、全く意識しないもの、あるいはその間に位置するものなど、そのありようや想いもさまざまだ。誰にでもわかりやすく目に見えるのものの一つが学校だろう。入学式、卒業式という明らかな区切りがある。本人は自覚できないが、人生における最も大きなそれは「誕生の瞬間」と「臨終」だ。この最も大きな瞬間の間、我々は数え切れないほどの始まりと終わりを経験していることになる。

 

 少なくなったとは言え今も使われてはいるのだろうが、以前は会社や役所などの管理職の机には、二段のケースがあり、「未決」「既決」などと分けてあった。中には、既決の箱の中で、一番下に置かれたまま相当の歳月を過ごした書類もあったのだろう。

 あの感覚を、頭の中にスマートに持ちたいと思う。「未決」「既決」と分けると、何か囚人の扱いにも似た感覚を覚えるので「未処理」「処理済み」でも、「途中」「完了」でも良い。要は、一つの仕事を半端にしておかず、きちんとけじめを付ける意識を鋭敏に磨き直したい、と思うのだ。

 やむをえないことではあるが、年齢の経過と共に仕事の処理速度は落ち、ミスも増える。それを自分が理解するためにも、何度も見直し、必要があれば第三者の助言を仰ぎ、「完全に終わらせる」ことが必要なのだ。若い時代はスピード感もあり、何かがあってもすぐにリカバリーが効く。しかし、そうした時期がいつまでも続くわけではない。それをカバーする代わりに経験、という便利な言葉がある。今までの経験を活かし、今の自分の仕事が綺麗な形で終わっているかどうか、今までよりも少し時間を掛けてでも検証をする必要がある。ここで多少の時間を要したところで、二度手間になる煩わしさを考えればたいした問題ではあるまい。

 椅子から立ち上がった瞬間に、何のために立ったのかを忘れる頻度や、人の顔と名前が一致しないケースが増えてきたと実感している昨今、丁寧に仕事をすることが人様に迷惑をかけない方法の一つである、と遅まきながら気づいた次第だ。

 

 考えてみれば、世間は私の仕事にもうスピードを期待してはいないのだ。30代の時と同じスピード感で仕事ができると思っているのは本人だけで、周りはそうは思っていない。それに早く気付き、丁寧に仕事を終わらせることが重要な年代に入った。これは悪いことでも何でもなく、単に人生のステージが変わったに過ぎない。それにふさわしい仕事のしかたに変えれば良いだけの話だ。そこに意識を向け、できるかどうかが問題なのだ。

 

 「始まり」はどうだろうか。私のように基本的には一人で物を書いている仕事は、何かを思い付き、それが仕事になるケースが多い。ただ、思い付いてから仕事としてスタートするまでの長さは千差万別である。思いがけず巧く進み、すぐにスタートする場合もあれば、自分の中で企画を温め、熟成させるまでに何年という時間がかかるケースもある。

 これはどの仕事にも共通する部分かもしれないが、時間を掛け、何度もやり直してもあまり納得のゆかない物もあれば、勢いだけで走ってしまったものが、望外の評価を受けることもある。私の仕事は、本来はチームプレイのはずだが、「個」の集積だ。本を出すには編集者、装丁家、写真家、デザイナーなどが関わるが、会うのは他の職分の方々をまとめている編集者ぐらいで、それぞれの個の作業の集合だ。また、物を書く作業は、ピンチヒッターがいない。

 今までに何千本の原稿を書いてきたかわからないが、私は始める時に必ず自分に確認・約束をして始めることがある。「締め切りの2日前には原稿を書き上げる」ことだ。原稿を一晩寝かせ、直しを施して渡す。どんなに素晴らしい原稿でも締め切りに遅れれば多くの人に迷惑が掛かる。締め切りを守ってこそ評価の対象になるのであり、守れないようではプロとは言えない。これは、もう数十年前、金額は忘れたが最初に「原稿料」を頂いた時に決めたことで、幸いにまだそれを破らずに済んでいる。

 ささやかなる自分への抵抗、あるいは引き時の見極めなのかもしれない。

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