【意味】
(この書類を元の発信部署の)枢密院に送り返せ。
【解説】
組織の中で一人一人の形成者意識が低下すると、次元の低い内部争いによる自壊作用が起こります。企業・政党・宗教団体などの崩壊原因も、この形成者意識の欠落が原因です。
掲句は「宋名臣言行録」の言葉ですが、内部抗争を未然に防いだ宰相王元旦(オウタン)のとった行動です。本講と次回63講では王旦、寇準(コウジュン)という2人の北宋時代の名宰相のエピソードが続きます。この二人は太平興国5年(980)の科挙という公務員試験の同期合格組です。
当時宰相であった王旦の宰相府から、寇準の枢密院へ文書が送られました。この文書に不備が見つかり、寇準は帝真宗に報告します。寇準の立場は枢密使、今でいう国防長官です。この寇準の訴えで王旦と宰相府の役人は、帝から直々に叱責を受けました。
しばらくして、今度は逆に枢密院から宰相府に送られてき文書に不備を見つかりました。宰相府の役人は、過日の汚名挽回と小躍りして王旦に伝えます。今度は相手の枢密院のミスを帝に報告し、雪辱を果たす絶好のチャンス到来というわけです。
この時王旦は部下に掲句の指示を与えます。次元の低い縄張り争いに同調せず、書類を送り返した度量は流石です。このような采配を「一事、器量を現わす」(巌海) といいます。
一方の寇準もなかなかの人物です。唯一剛直な性格が欠点で、これが災いし左遷されます。しかし返り咲いて名宰相になった実力者ですが、再び左遷されてその地で没しています。二度の左遷は、組織人の基本となる形成者意識に欠陥があったことが伺えます。
過去にも取り上げましたが「教育基本法」は、日本の若者をどのレベルの国民に育てるかという法律です。その第1条の教育目的に「教育は、人格の完成(自己能力)を目指し、平和で民主的な国家や社会の形成者として必要な資質(形成者意識)・・」とあり、形成者意識の教育が掲げられています。
法律的には、教育基本法の精神は全ての学校が尊重すべきものですが、現実には「形成者意識」の教育は手づかずの状態です。優秀な官僚にして名宰相の寇準であっても、修得が難しかったものですから、現代の我が国の教育レベルでは無理なことかもしれません。
この形成者意識の修得は、私の学園でも20年間にわたり試行錯誤して、やっとここ数年で実績が出始めた感がします。具体的には「個人力+クラス力+教師力」という3者教育を「トライアングル教育」と名付け、『良いクラス作りは、未来の良い職場作り』というスローガンを掲げて、機会あるごとにクラスの形成者と未来の職場の形成者意識を育てています。
「人間学は、幸せになるための学問」ですから、学んだ者が学んだ量に応じて幸せになるものです。職場でも学んだ者が多いほど低次元の争いは消え、職場品性が向上しますから、結果として職場の一人一人が幸せになります。
このことは、家庭・地域社会においても同じです。周りの人々を低次元の争いに巻き込まないためにも、「組織人の品性たる形成者意識」を養いたいものです。