「私はなぜ寿司店に行くのであろうか?」とたまに考える。
私は、それなりの寿司屋を利用していて、「ほとんどの店が淡々と寿司を出してくる。せいぜいネタの種類を言うくらいだな」と感じていた。
それはシャイな大将が人間関係のない私に敢えて説明をしていないのかもしれない。あるいは、自分の握る鮨にプライドを持ち敢えて説明することを必要としないと思っているからかもしれない。あるいは、一見の私の目を試しているからかもしれない。あるいは、ふたり以上で食事をしているから、会話の邪魔をしないことを良しとしているかもしれない。
「私はなぜ寿司店に行くのか?」の問いに答えを教えてくれたのが、以前、このコラムで紹介した「第三春美鮨」の長山さんであった。長山さんによって、私は寿司という文化を学びたかったのだと気づいた。
いずれにせよ、寿司が好きなのだ。
そんな寿司好きの私は、寿司談義から花が咲き、友人・知人の持ち店に行くことがある。
ある日、食べログの人気店に一緒に行ったターニー氏と食事をしていたときのことである。
先日、行ってきましたよ
大久保: なんという店ですか?
ターニー:確か・・・
大久保: どのへんですか?
このよしたけの女将はなにをかくそう、私の教え子である。
今回は「よしたけ」がなぜ、ミシュランで三ツ星に輝いたかを考察してみよう。
私が著書を書いたころ「よしたけ」は、六本木のミッドタウンの近くにあった。店の前が駐車場になり、リーマンショックがあり、新天地を銀座に求めた。
吉武ご夫妻は食べ歩きが大好きで、食事を楽しむということを大切にしている。そして、寿司店はもちろん、フレンチ、イタリアンを食べ歩きそのエッセンスを料理に反映しようとしている。
テーブルにつくと、まず、季節の突出しが出てくる。高級店ではこの一品目がひじょうに重要だ。この料理でその後の食事が決まってしまうからだ。
私はミシュランのガイドブックで三ツ星をとった世界のレストランを食べ歩いたが、ほとんどの店がこの最初の一皿にアイデンティティを出そうとしているようにいつも感じる。
よしたけでは、時にはホタルイカのカラスミ添えであったり、ノレソレのジュレポン酢であったりして工夫をこらしている。
次に、テーブルにおかれるあしらいがユニークで、この写真をブログに掲載しただけで、「よしたけ」に行ったことがバレてしまう。
「よしたけ」がミシュランのガイドブックに初めて登場していきなり三ツ星に輝いたのも随所によしたけらしさがあることが大きいように思う。
そして、鮑の肝ソースだ。こちらもスペシャリティで、惜しまぬ手間のたまものだ。この肝ソースにアスパラなどのあしらわれた野菜が非常に合う。
ミシュランではこのような食材の相性の妙はサプライズにつながり非常に評価される傾向がある。
合間に、イタリアンの料理人であるスーシェフ?が皿を整える。この間がいい。
さすがは三ツ星に輝いただけある。
そして、白身魚のタタキの握りは印象的だ。この米わらの薫香が口に入ったとたん言葉を無くす客をみかける。
ミシュランはこのような絶妙で繊細な薫香が好きなようだ。