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- 高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』
- 第44回 寒河江花咲か温泉(山形県) 近所にあったら嬉しい「金銀銅」の名湯
■都心のスーパー銭湯も悪くはないが……
「自宅の近所にお気に入りの温泉が湧いていたらなあ」。コロナ禍に見舞われ、気軽に温泉旅に出かけられなくなってから、つくづくそう思う。
自宅のある東京都内にも温泉は湧いている。だが、ほとんどは、いわゆるスーパー銭湯系の日帰り温泉施設。「温泉に気軽に入れる」という意味では、この手の日帰り温泉施設の功績は大きいが、温泉そのものの質を重視する人にとっては、がっかりすることも多い。
そもそも温泉が湧いていない場所から温泉を汲み上げるので、湯量が豊富ではないケースが多い。しかも、市街地にある温泉だと当然ながら入浴客も多い。だから、どうしても湯を何度も使い回す循環ろ過方式を採用しなければならないし、プールと同じように塩素で消毒する必要もある。
最近では、入浴客のニーズを反映して、源泉かけ流しの湯船をつくる日帰り温泉施設も増えているが、どうしてもその湯船に人が殺到してしまうので、湯の汚れが目立つケースも少なくない。このあいだも都内のある日帰り温泉施設に入って、湯の状態にがっかりしたところだ。
どんなに都心の温泉施設の設備が豪華になり、サービスがよくなったとしても、温泉そのものの質では、やはり古くからある温泉地には敵わない。
■建物の外観からは想像できない名湯
温泉の質を重視するなら、「新しくて大きな温泉施設よりも、歴史のある小さな温泉施設」というのが私の持論だが、例外もある。
その筆頭格が、さくらんぼの産地として有名な山形県寒河江市に湧く寒河江花咲か温泉「ゆ~チェリー」。なんとも、ゆるーいネーミングである。経験からいえば、この手の名前の施設で、いい温泉に出合える可能性はきわめて低い。
しかも、山形自動車道の寒河江SAの目の前に建つ巨大な建物は、全国各地に乱立してきた大型日帰り温泉を思わせる。
最初にふらっと訪れたとき、私はまったく期待していなかった。「おそらく循環ろ過され、個性を失った湯だろう」と。
しかし、いい意味で裏切られる結果となった。たしかに、広々としたラウンジやレストランを備えた館内、巨大な湯船が並ぶ浴室などは、典型的な大型日帰り温泉のそれである。
だが、湯は別次元。なんと、3つの異なる源泉をもち、それぞれが金色、銀色、銅色という特徴をもっているのだ。しかも、すべて100%源泉かけ流しである。
■個性の異なる3つの源泉
金の湯は、露天風呂に注がれる。塩化物泉の湯は黄褐色で、光の当たり方によっては、たしかに金色に見える。舐めてみると、塩辛さがすさまじく、舌がしびれるほど。とろっとした肌触りの湯は濃厚で、パンチがきいている。
銀の湯は、30人近く入れそうな内湯を満たしている。硫黄の成分を多量に含んでいて、浴室内に硫黄の匂いが充満している。匂いだけ嗅ぐと、まるで山奥の秘湯に来たかのようだ。わずかに白く濁る透明湯で、たしかに銀色に見える。
銅の湯は、銀の湯の隣の湯船に注がれる。茶褐色の濁り湯には、湯の花が舞っている。泉質は単純温泉なので、濃厚な金、銀の湯よりもさっぱりとしているのが特徴だ。
同じ敷地内に、これほど個性的な特徴をもつ源泉が3つも湧き出している温泉施設は、日本中探してもほとんどない。この源泉が山奥の一軒宿に湧いていたら、きっと日本を代表する温泉宿と称されるに違いない。そのくらいのレベルである。まさにメダル級の名湯だ。
日本最高クラスの泉質をもつ日帰り温泉なのに、料金は350円。ああ、こんな温泉施設が家の近所にあったらなあ。地元の人がうらやましくて仕方がない。