■湯治は「七日一回り、三回りを要す」
先日、知人からこんな愚痴を聞いた。「せっかく1週間の長期休暇をとって海外リゾートに出かけたけれど、観光客が多いし移動時間が長いし、かえって疲れてしまった……」。これに似た話は、国内旅行でもよく聞く。「1泊2日で温泉旅行に行ったものの、余計くたびれて帰ってきた」といった経験は多くの人がしているだろう。
そこでおすすめしたいのが「プチ湯治」。湯治というのは、昔から温泉地で行われてきた伝統的な温泉療養のスタイルで、長期間、温泉場に滞在して人間が本来もっている自然治癒力を取り戻すことを目的とするものだ。江戸時代以降、農閑期などを湯治にあてる農民や漁師も多かったが、現代では経済成長とともに徐々に廃れ、湯治場もだいぶ少なくなった。
昔から「湯治は、七日一廻り、三廻りを要す」と言われ、少なくとも三廻り(21日間)は時間をかけるべきだと認識されてきた。仕事をもっている人であれば、さすがに数週間も温泉地に滞在するのは現実的ではないが、2~4泊程度のスケジュールで湯治宿に宿泊するプチ湯治ならハードルはぐっと下がる。同じ宿に連泊し、温泉にゆっくりつかれば、心身ともにリフレッシュできる。
特に経営幹部のみなさんであれば、比較的スケジュールに融通が利くだろう。1週間、海外に出かける代わりに、温泉地へ湯治に出かけるという選択肢があってもいいと思う。
■早朝からにぎわうノスタルジックな湯治場
プチ湯治の舞台としておすすめしたいのが、日本有数の豪雪地帯に湧く「肘折(ひじおり)温泉」(山形県)。開湯が807年という山間の古湯で、肘を折った老僧が、この地の温泉で治療したところ、たちまち傷が癒えたという伝説が残る。
肘折温泉は、今なお湯治文化を色濃く残す。温泉街には、湯治客が長期間滞在できる自炊宿が存在する。湯治文化の象徴が、冬場を除く毎日、早朝5時半から開催される朝市で、温泉街の名物になっている。
春は山菜、秋はキノコなど、地元で採れた旬の味覚や、自炊用の食材を買い求める湯治客でにぎわう。浴衣姿にゲタを履いた湯治客や観光客が、店を出しているおばさん、おじさんたちと会話を楽しんでいる光景は、どこかノスタルジックである。
「自炊は面倒」という人向けには、湯治プランを提供する宿もある。たとえば、「ゑびす屋」は2食付き5000円から(名利用時、3泊以上)の湯治プランが用意された小さな宿。樹齢400年以上の巨木を使った館内は清潔で、田舎の実家に帰ってきたような安心感がある。
■湯治客がこぞって通う共同浴場
温泉街は、鄙びた雰囲気が漂う。木造建築の古びた旅館が所狭しと立ち並び、昭和12年に建てられた旧郵便局舎はまるで映画のセットのような存在感。車がすれ違うのに苦労するほど入り組んだ細い通りは、歩いて散策するにはもってこいである。
湯治客や観光客がこぞって足を運ぶのが、温泉街の中心に位置する共同浴場「上の湯」。肘折温泉発祥の湯で、1200年もの間、枯れることなく自然湧出する。20人くらいは浸かれそうな大きな湯船に源泉が100%かけ流しにされている。お地蔵さんが立つ湯口から注がれる湯は透明度が高く、飲泉も可能。はっきりとした塩味で、成分の濃さが感じられるが、入浴感はやさしいのが特徴だ。
観光スポットをあちこちめぐる旅も悪くはないが、温泉地でじっくり心身を休めることに徹する「プチ湯治」も、ある意味贅沢な旅だ。酸ヶ湯温泉(青森県)、大沢温泉(岩手県)、鳴子温泉(宮城県)、栃尾又温泉(新潟県)、野沢温泉(長野県)、草津温泉(群馬県)、鉄輪温泉(大分県)、長湯温泉(大分県)など湯治に適した温泉地の中から、居心地のよい場所を選ぶといいだろう。