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第130回 新野地温泉(福島県) 湯けむり立ち上る乳白色の秘湯

高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』

■標高1200m、秘湯の宿

 冬の寒さが本格化してくると、無性に乳白色の濁り湯に入りたくなる。白く濁っている湯の多くは火山に由来している高温の硫黄泉で、よく温まる泉質だからだ。また、美しい乳白色も温泉のぬくもりに抱かれたいという感情を刺激してくる。

 安達太良連峰の北端、鬼面山山麓に湧く新野地(しんのじ)温泉も、乳白色の湯が自慢である。一軒宿の「相模屋旅館」は、「日本秘湯を守る会」の宿。海抜1200メートル、ブナの原生林に囲まれた山の温泉だ。客室からは、福島市街が一望できるという。

 新野地温泉には、ちょっとした思い出がある。かつて筆者が日本一周3000温泉をめぐる旅をしていた際、相模屋旅館の駐車場に到着すると、見知らぬ男性に話しかけられた。

 「次は、ここに立ち寄ると思っていました」。当時、筆者は旅のプロセスをブログで実況中継していたのだが、彼(Aさん)は筆者が立ち寄りそうな温泉に先回りして、待っていてくれたのだ。有名人でもなんでもない、ただの温泉マニアのブログを読んで、わざわざ会いに来てくれる人がいるとは思ってもいなかったので、感激したのを今でも覚えている。

 「まずはともあれ、温泉に入りましょう」。あいさつもそこそこに、Aさんと一緒に館内へと向かった。秘湯を守る会のイメージが強かったため、もっと鄙びた建物だと思っていたが、ホテルのような立派な外観だ。

■見るだけで癒やされる温泉

 真っ先に向かったのは、男女別の露天風呂。スリッパからサンダルに履き替えて外に出ると、白い湯煙がプシューという音を響かせながら、もくもくと立ち上っているのが目に入る。駐車場まで漂っていた硫黄の香りが、ますます強くなる。

 そんな温泉パワーを目の当たりにしながら風情満点の木道を進んでいくと、木造の湯船が姿をあらわす。簡素な脱衣所と湯船があるのみ。客室から見えないように丸太などの木材で目隠しがされているが、開放感は抜群。大自然に囲まれたロケーションを堪能できる。

 5人ほどが一緒に入浴できそうな湯船には、青みがかった白濁の硫黄泉がかけ流しにされている。「なんて美しい色をしているんだ!」と心が躍る。白濁の湯は、見た目だけで人の心を癒す力をもっている。

 筆者とAさんは、われ先にと服を脱ぎ、湯船に浸かった。湯船からあふれ出した湯は、そのまま温泉の川となり流れていく。見た目よりもサッパリとした印象の湯だが、もともと源泉の温度が高いので、数分も肩まで浸かっていれば、すぐに額から汗がにじみ出てくる。

 湯船へ出たり入ったりを繰り返しながら、Aさんとあらためて自己紹介をし合う。Aさんは福島県内に住んでいて、温泉めぐりが趣味だという。温泉情報をネットで調べていたら、筆者のブログにたどり着いたそうだ。

■裸の付き合いが心の距離を縮める

 「温泉」という共通の趣味があるから、一気に打ち解けた。「あそこの温泉はよかった」「あそこの温泉には行ったか?」というような話が止まらない。結局、露天風呂で1時間くらい話し込んでしまった。

 本来、筆者は人見知りをするほうだが、湯船の中だとスムーズに会話ができる。仕事も地位も関係ない裸と裸の付き合いだからだろうか、はたまた温泉効果で心がリラックスしているからだろうか。少なくとも温泉はコミュニケーションを円滑にする「効能」もあるようだ。

 そんなAさんとの思い出のある露天風呂は、今も美しいミルク色の湯が湯船からあふれ出している。当時は露天風呂にしか入らなかったが、内湯もすばらしい。2024年にリニューアルされた木造の浴室は湯治場の雰囲気が漂っており、木のぬくもりが肌にやさしい。

 湯船に浸かりながら、あらためてAさんとの思い出を振り返る。静寂に包まれた幸せな時間が流れていった。

 

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