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第140回 銀山温泉(山形県) 大正ロマンの温泉街で浸かる「アートな温泉」

高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』

■全市町村に温泉が湧く山形県

 「山形県って、温泉が少ないですよね」。一瞬、自分の耳を疑った。なぜなら、その発言の主は、山形県出身だったからだ。彼女は、仕事で一緒になった20代女性。大学進学とともに東京で一人暮らしをはじめたが、1年に数回は山形県に帰省するという。にもかかわらず、山形県の温泉についてほとんど知らないそうだ。

 山形県といえば、「温泉天国」である。たしかに、東北の他県に比べれば、観光地としてちょっと地味な印象はあるけれど、温泉の実力ではまったくひけをとらない。蔵王温泉、肘折温泉、赤湯温泉、小野川温泉、さくらんぼ東根温泉、湯野浜温泉、湯田川温泉、あつみ温泉、瀬見温泉など、温泉ファンを魅了する湯街がいくつも思い浮かぶ。県内の全市町村に源泉が湧くほどだ。

 しかも、市街地に湧く公共の日帰り温泉施設のほとんどが源泉かけ流し。この手の大型の温泉施設は全国各地にあるが、その多くは湯量や衛生面の問題から、循環ろ過や塩素消毒が当たり前で、湯質は二の次。しかし、山形県は湯量も豊富で、「本物の温泉」に対する理解が深いのだろう。どこの温泉施設を訪れても、質の高い温泉に出会うことができる。
 
 それほど温泉に恵まれた環境なのに、山形出身の彼女は、「地元の温泉に入った記憶がほとんどない」という。かなり驚いたが、案外、地元の人は故郷の魅力に気づかないものかもしれない。ただ、そんな彼女が唯一、山形で入浴した温泉があるという。宮城県との県境、尾花沢市の山間部に湧く「銀山温泉」だ。

■インバウンドにも人気のレトロ温泉街

 開湯が江戸時代初期にまでさかのぼる、山形県を代表する名湯で、テレビドラマ『おしん』の舞台としても全国的に有名だ。

 銀山温泉の最大の魅力は、日本人のノスタルジーを呼び起こしてくれる街並みにある。大正から昭和初期に建てられた3~4階建ての洋風の木造旅館が、銀山川の両岸にぎっしりと軒を連ねる。石畳の温泉街には、いくつもの橋がかかり、やさしい光を放つガス灯も趣深い。まさに「大正ロマン」の風情で、タイムスリップしたかのような気分を味わえる。


 筆者が初めて訪れたときも、テレビや雑誌で頻繁に目にしていた街並みなので、それほど感動しないだろうと思っていたが、期待以上の美しい街並みに、思わずうっとりと見とれてしまった。

 現在はその景観の美しさが世界に知れ渡り、インバウンド客が押し寄せる事態となっている。雪景色が幻想的な冬季は入場規制がかかるほどである。今、銀山を訪れるならハイシーズンは外したほうが無難だろう。

■世界的建築家が手がけた共同浴場

 景観だけでなく、温泉もすばらしい。各旅館で入浴することもできるが、気軽に銀山の湯を楽しむなら共同浴場がオススメだ。

 温泉街のはずれに位置する「しろがね湯」。三角形のモダンな外観の共同浴場で、格子状の壁で覆われた建物は、東京の青山や原宿に建っていてもおかしくないほどスタイリッシュである。

 建物の中も間接照明がムーディーな空間をつくり出しており、「本当に、ここは温泉なの?」という印象だ。あとで調べたところ、有名建築家の隈研吾氏の設計だった。どおりでオシャレなはずだ。

 初めて入浴したのは10年以上前のこと。入口の扉を開けると、番台に座っているおばあさんが船をこいでいた。気持ちよさそうに眠っていたので、起こさないようにそっと料金を置き、浴室に向かう。

 1階と2階で男女別に分かれており、日によって男女が入れ替わる。1階は、天窓から光が差し込む洞窟のような浴室。2階は、窓が広くとられ、景色を眺められる開放的な浴室。筆者は1階の湯船に浸かったが、あまりにアートな空間なので、山形の山奥にいることを忘れてしまいそうだった。

 温泉も本格派。新鮮でアツアツな源泉が、惜しみなくかけ流しにされている。ゆで卵臭がほんのりと香る湯は個性をしっかりと主張しながらも、さっぱりとした入浴感で、肌にしっとりとなじむ。「泉質重視」の人も満足するに違いない。
 
 20分後、湯から上がると、あいかわらずおばあさんは気持ちよさそうに眠ったまま。グーグーといびきをかいていた。アートな空間に響くおばあさんのいびき。このギャップに、なぜか癒されるのであった。

 

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