■「箱根十七湯」のひとつ
日本屈指の人気温泉地・箱根には、近年、高級志向の温泉施設が増えている。少し敷居が高いと感じている人もいるかもしれない。
しかし、そんな箱根にも昔からの温泉ファンに愛される激シブ温泉が健在だ。そのひとつが「二ノ平(にのたいら)温泉」。
「箱根にそんな温泉があったかな?」と思う人も多いかもしれないが、れっきとした「箱根十七湯」のひとつである。人気観光スポット「箱根彫刻の森美術館」がある温泉地といえば、位置関係はわかるだろうか。
温泉地といっても建物はまばらで、温泉宿も数軒が並ぶのみ。箱根の中では、存在感が薄いというのは事実である。
そんな温泉街の一角に位置するのが日帰り温泉施設「亀の湯」。失礼ながら、外観は古ぼけた民家といった風情である。水色の小さな看板がなければ、ここが温泉だとは気づかないだろう。実際に、一度通り過ぎてしまった。
■アツアツの湯は64℃
扉を開けると、笑顔がステキな女将が出迎えてくれた。玄関でくつを脱いでいると、女将が小走りで、建物の奥のほうへ消えていった。奥から「こちらへどうぞ」という声が聞こえる。建物の中へ進むと、普通の民家にお邪魔した気になる。案内されたのは男女別の浴室。「ちょっと熱いかも」と女将。どうやら、湯加減を確認してくれたようだ。
男湯は、かまぼこ型の湯船がひとつ。アツアツの湯気で浴室内が熱気に包まれている。浴槽は3人がやっと入れる大きさ。浴室は小さいが、窓が大きくとられているので、意外に窮屈さはない。
源泉温度は64.2℃。そのまま注がれているので、湯の表面はかなりの熱さだが、「むやみに水で埋めないように」という注意書きがあった。たしかに、せっかくの「100%源泉かけ流し」に水を投入するのはもったいない。息を止めて、気合で湯船に浸かる。
熱さでピーンと身が引き締まる。しかし、湯自体はさっぱりしていて、くせがない。一度浸かってしまえば、極楽、極楽。
そういえば、入浴する前に女将がこんなことを言っていた。「同じ温度でも、水道水を沸かしたものと温泉とでは、熱さの感じ方が違うのよ」。つまり、本物の温泉であれば、沸かし湯ほど熱さを感じない、というわけだ。たしかに家の沸かし風呂だと、42℃でも熱く感じるが、温泉の42℃は適温に感じる。
湯は無色透明。小さな茶色の湯の花が浮かんでいて、湯が新鮮であることを実感させてくれる。建物のすぐ裏手に自家源泉があるというから、新鮮なはずである。
数分浸かっていると、体の芯まで温まっていくのがわかる。数分おきに、湯船の縁にあがって休むのだが、汗が滝のように噴き出してくる。
■「加水なし」へのこだわり
湯上がりに、ソファーで汗を何度も拭いながら休んでいると、女将が湯加減について訊いてきた。私が「いいお湯でした。それにしても熱い湯ですね」と答えると、女将は舞台裏について教えてくれた。
女将は、本物の温泉を提供することに誇りをもち、水を入れることなく、泉温が適温になるように調節している。気温が高い日は、朝早めに起きて、いつもより早く湯を入れて自然に冷ましたり、窓を全開にして換気をしたりと工夫をこらしているという。「せっかく温泉に来てくれたのに、水を入れたんじゃ、お客さんも可哀想でしょ」。女将の心意気に、「うんうん」と私は何度も頷いてしまった。
こんな女将に管理されている温泉と、そこに浸かるお客は幸せ者である。箱根のような大観光地に、亀の湯のような本物志向の共同浴場が残っていることに、感動すら覚えるのであった。