渋澤家五代目であり、自らも創業社長として経営実務を行う渋澤 健氏に、日本近代資本主義の父・渋沢栄一に学ぶ、リスクマネジメントと経営について話をお聞きしました。
■渋澤 健氏(しぶさわ けん)/日本の資本主義の父 渋沢栄一の玄孫/シブサワ・アンド・カンパニー 代表/コモンズ投信株式会社 会長
1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事(アフリカ委員会副委員長、グローバルビジネスリーダー対話推進TF、他)、外務省「SDGsを達成する新たな資金を考える有識者懇談会」座長、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact 運営委員会委員、株式会社INCJ(産業革新機構)シニア・アドバイザー等。著書に『渋沢栄一100の訓言』(日経ビジネス人文庫)、講話CD版・ダウンロード版『社長の論語と算盤』(弊会刊)、他多数。
経営者にとってのリスクマネジメントとはなんでしょうか?
私は過去にニューヨークでヘッジファンドに勤めた経験から、自分の投資理念を持つこと、自分の誤りを素直に認めること、しがらみなく判断することがリスクマネジメントの大事な所だと感じました。
自分の立てた仮説が間違った時素直に認め、損切りするときはスパッとやる。しがらみを捨てられないと数十~数百億単位で損してしまう。アクセルとブレーキを正しく踏むのが鉄則です。
近代資本主義の父と言われた渋澤栄一翁も、リスクマネジメントに長けていたとお聞きします。
しがらみを捨てる。これは言うほど簡単ではありません。栄一は江戸の末期に生まれ、江戸の風習や因習などのしがらみの中で身を立てました。
今でこそ近代資本主義の父とまで言われる偉業を成し遂げましたが、血気盛んだった当時の栄一は、腐った日本を改革するには倒幕しかないと、焼き討ちの野望に燃えました。結局は実行しませんでした。もしやっていたら、彼の人生は 歳で終わっていたでしょう。私も生まれていません(笑)
栄一は明快な指針を定め、それに沿い「押す時は押すが、引く時は引く」判断力に長けていました。
倒幕を諦めた後、栄一は幕府に仕える身となりました。皮肉な運命ですが、決して自分の過去の考えや立場に固執せず「国の発展に務めるという目的に沿っていれば、手段は柔軟でいい」と決断しました。それが彼の幸運を開いたのです。
渋沢栄一翁は、自らの運を開いたと。
栄一は 歳まで生きました。当時にしては、かなりの大往生。それだけでも強運と言えますが、彼は「偶然というご縁」を常に大切にする人でもありました。「良い運は、良い人とのご縁から生じる」が信念でした。
栄一は晩年でも人に会い続けました。栄一へのアポイントの理由は様々で、まさに玉石混交状態だったそうですが、会ってみないととわからない。会う回数を減らして良い人とのご縁の可能性を下げるより、まずはとにかく会ってみる。
おそらく、運というものは我々の周りにいつも流れているものであって、そこに手を出して、それを自分の手のひらの上に乗せるか乗せないかは本人次第。それを栄一は実践できたからこその、必然の強運なのだと思います。
運を掴むために、一番大切なことは?
「好奇心」と「行動」ですね。
栄一が論語の「子曰わく、これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好むものはこれを楽しむ者に如かず」という一説について、物事を好奇心を持ち深く知った上で行動せよ、と言っています。
好きだけであれば、壁に当たった時に挫折してしまいますが、楽しんでいれば、その壁にぶつかった時に、上に這い登るかも知れないし、下に穴を掘ってくぐっていくかも知れない。問題を解決できる、目的地にたどり着ける可能性が飛躍的に上がるわけです。そして、楽しそうにしていると人が寄ってきます。
ただ栄一は、個人でお金儲けをしているうちはまだまだダメ。それを世の中、自分の周りの人、さらに国・世界レベルでみんなが喜び、儲かるビジネスを考えよと念を押します。
社長が一人で楽しんで知るうちはまだダメ。みんなが楽しめるものをいかに自分がリーダーシップをとってやるか。これが会社の本質ですよね。
楽しむ心があれば、次の壁もまた越えられる。「長く続ける経営」の秘訣がありそうですね
栄一が説く、「企業家の4ルール」があります。
①ビジネスモデルは適切か
②個人とともに社会と国家を利する事業か
③タイミングは適切か
④「社長」自体の人物はどうか
①のビジネスモデルは核の部分。③のタイミングは経営環境に合わせて事業を進化させる事。④は社長自身が人格を磨き続けよという事ですね。
そして②。繰り返しになりますが、事業は社会と国家両方を利する必要がある。裏返すと、企業は社会や国から必要とされなければ、その存在価値は無い。長く続かないということです。だからこそ、論語(道徳)と算盤(経済)という、一見かけ離れたものが一致しなければいけません。
算盤だけ長けていれば一時的に懐は温まるかも知れませんが、永続は難しい。道徳的であるだけでも商売はうまくいきません。両方が必要であり、そこで初めて企業に持続性が生まれる。それを栄一は「完全な富」と言っています。ぜひ論語と算盤で、会社を強く率いていただきたいです。
「社長の論語と算盤」音声講座の発刊にあたり
「未だ創設の時代、一大覚悟を持ち勇往邁進すべき時」
「日本の資本主義の父」と称される、渋沢栄一翁。約500の企業、約600の教育機関と社会事業の設立・経営に関与して、その 年の生涯を、日本の産業・国力増強のために捧げました。この言葉は、翁が 歳当時、名著『論語と算盤』に記したものです。
翁の言葉の如く、リーダーとして事業を代々に渡り繁栄させていくことに終わりはありません。常に初心を忘れず、見えない未来を信じて人を力強く率いて道を切り拓く。そのためには、時代に流されない強い信念を持ち、楽しんでことに当たるべし。そして指導者たるもの、一生学び続けて環境の変化に対応できるしなやかさを持つべしと説きます。
今回、渋澤家の直系五代目子孫として渋沢栄一翁の思想を研究し、自らも創業社長として経営実務に活かす渋澤 健氏にお願いし、『論語と算盤』の教えをオーナー社長のために平易に解説いただきました。時代を越えて学ばれ続ける生きた先人の智慧をぜひ、ご活用ください。(担当:馳澤)