7月20日に東京商工リサーチより2020年度「賃上げに関するアンケート」調査が公表されました。この調査によれば、今年賃上げを実施した企業は57.5%と前年度を23.4ポイントも下回り、定期的な調査が始まった2016年度以降最大の下げ幅となったということです。実に4割以上の企業が賃上げ(主に定期昇給)をしなかったという事実からも、それだけ多くの経営者にとってコロナ禍が切迫した問題であることを窺い知ることができます。
しかし、年に1度の給与改定(定期昇給)という約束事を守れない状況の下で、次代を担う社員たちは果たしてついてきてくれるのでしょうか?
7月の本コラムでは賞与の払い方を取り上げました。賞与の本質は「利益の分配」であることから、極端な業績不振時には大幅な減額もあり得るものの、回復期の稼ぎ手である中核社員のモチベーションと生活に配慮して、出来れば基本給の1ヶ月分は支給すべきであるとのお話をしました。とはいえ、いよいよ業績が悪化すれば不支給にもできるのが賞与です。
しかし、月例賃金に対する年1回の給与改定(賃上げ)まで、業績不振を理由に見送ってしまっても良いものでしょうか?
それを考える前に、月例賃金と賞与の役割や性格を整理してみましょう。
月例賃金…労働条件の基本かつ社員の生活の糧であり、安定的な支給が望ましい。
賞 与…利益の分配と位置付けられ企業業績や社員の勤務成績によって変動する。
毎月支払われる月例賃金が給与規程に定められたルールに則って正しく運用されることは、安定した労使関係の基盤だといっても過言ではありません。その月例賃金は、さらに所定内賃金と所定外賃金(主に残業手当)に分けることができます。
所定内賃金…所定労働時間の労働に対する賃金で、毎月決まった額が支給される。
所定外賃金…時間外勤務手当や休日勤務手当など就労状況によって変動する。
所定内賃金を、さらに基本給と諸手当に分けて整理してみましょう。
基本給…所定時間の労働に対する基本となる賃金で、昇給ルールを定めて運用される。
諸手当…基本給に含めることのできない要素を補完するもので、支給条件により支給
額が変動(金額の増減のほか手当の改廃、支給停止もあり得る。)する。
この様に整理すると、環境変化によって最も影響を受けないのが基本給だということが判ります。それ故に、基本給について社員の習熟や成長、勤務成績や職制上の責任の変化等に応じて増額改定される仕組みを整備し、そのルールに沿って正しい運用を続けることが、社員の将来不安を払拭し、社員の実力を長期間にわたって引き出すことに繋がるのです。
もし、業績次第でいつ昇給が無くなってしまってもおかしくないという状況が続けば、優秀な社員ほど他社に活躍の場を見出そうとするでしょう。そうなれば、自社の回復期を支える人材が不足し、人件費が減った以上に生産性が低下するという状況に陥るかもしれません。それほど、基本給の増額改定を主な目的とする定期昇給は、社員の生活と会社への信頼に直結したものだということを忘れてはいけません。
会社が緊急事態に直面した場合の人件費削減の方法は別にあります。そのお話は次の機会に改めていたしましょう。
文筆:大槻 幸雄 氏(賃金管理研究所 副所長)