先々週(3月14日の週)、中国の株式市場はジェットコスタ―のように乱高下を経験した。上海総合株価指数は14日▼2.6%、15日▼4.95%と、2日連続で急落した後、16日より+3.48%、+1.40%、+1.12%という3日連続の高騰を遂げた。
その背景には、習近平政権による経済政策の転換がある。
◆悪材料続出で市場に悲観論が充満
今年3月に入ってから、株式市場にとって悪材料が続出し、悲観論が充満していた。
まずは新型コロナウイルスの感染拡大が全国に広がっていることだ。3月1日~21日の3週間で中国本土における累計感染者数は4.1万人を超え、2020~21年の2年間の累計感染者数99,826人の41%に相当する。新型コロナウイルスの変異種であるオミクロン株がいかに猛威を振るっているかが伺える。
感染は28省・市・自治区に及び、そのうち吉林省が特に深刻だ。同省の3週間の累計感染者数は2.2万人に上り、同期全国新規感染者数の半分を超える。同省の省都、人口900万人の長春市が3月11日からロックタウン(都市封鎖)を実施した。
吉林省のほか、福建省、山東省、広東省、遼寧省、河北省、上海市も感染が急速に広がっている。人口1750万人の中国南部都市である深圳市が13日~20日に、人口550万人の河北省廊坊市が15日に、人口約1000万人の広東省東莞市が16日に、人口900万人の瀋陽市及び人口770万人の河北省唐山市が22日にロックダウン実施を次々と発表した。16日時点でロックタウンに入った大都市の人口数は4200万人に上る。相次ぐ大都市のロックタウン実施は、膨大なコストがかかり、経済活動に甚大の打撃を与えている。
次はウクライナ戦争という地政学リスクの増大だ。ウクライナ侵攻及びそれに伴う日米欧の厳しいロシア制裁によって、原油・天然ガス・穀物などの価格暴騰がもたらされ、世界経済に景気後退の圧力を与えている。中国経済も今年の政府目標である5.5%成長の達成も危うくなる懸念が強まっている。
さらに、米バイデン政権は14日、中国に対し、ロシアのウクライナ侵攻を支援した場合、厳しい「結果」が待っていると警告し、アメリカによる中国制裁リスクが浮き彫りになっている。
コロナ禍に加え、ウクライナ戦争という地政学リスクの浮上によって、中国の資本市場はネガティブな反応を示している。図1のように、ロシアのウクライナ侵攻開始の2月24日から3月15日までの3週間、上海総合株価指数は3489.15から3063.97へと12.2%も下落した。一方、同期間の世界主要国株式市場では、独DAXが▼4.5%、日経平均が▼4.2%、仏CAC40が▼2.6%、英FTSE100が▼0.4%とそれぞれ下落。米NYダウだけが逆に1.2%上昇した。日米欧に比べれば、中国株価の下げ幅の大きさが際立つ。
出所)各国のデータにより筆者が作成。
第三に、中国のネット大手、騰訊控股(テンセント)が中国当局から巨額の罰金を科せられるとの観測が浮上していることだ。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は14日、テンセントが手がけるスマートフォン決済事業に関して、当局の規制に違反したと判断される可能性があると報じた。関係者の話によれば、中国の金融関連当局が、テンセントのスマホ決済「ウィーチャットペイ」について、マネーロンダリング(資金洗浄)の防止規則に違反したことを発見した。賭博など不適切な取引の資金移動や資金洗浄を可能にし、罰金については少なくとも数億元にのぼるという。
巨額の罰金では、ネット通販大手のアリババ集団で「支配的な地位の乱用」があったとし、182億元超(3千億円に相当)の罰金処分が下された。
第四に、「恒大危機」に示されるように、中国政府の不動産業界に対する取り締まり強化が続き、不動産産業の低迷が目立つ。今年1~2月、全国不動産販売の面積は前年同期に比べ9.6%減少、うち、住宅の販売面積が13.8%減少。不動産販売の売上は前年比で19.3%減、うち、住宅販売の売上は22.1%減となっている。
◆経済政策の転換を打ち出した中国政府
上述した悪材料の続出によって、中国経済見通しの不透明感が強まり、市場に悲観論が充満している。市場の不安感を払拭するため、政治・経済・社会の安定を最重要視する中国政府はさっそく乗り出し、経済政策を転換させる方針を打ち出した。
3月16日、習近平国家主席の側近で中国の副首相を務める劉鶴氏は、国務院(内閣に相当)金融安定発展委員会の会合で、「資本市場にとって好ましい政策を積極的に打ち出し、市場に悪影響を及ぼす可能性がある措置は慎重に公表する」と、資本市場の安定を維持する前向きな考えを示した。
新華社によれば、劉副首相は景気支援で金融政策が主導的役割を果たす必要性にも言及した。副首相は「資本市場に多大な影響を及ぼす政策は、全て事前に金融管理部局と調整し、政策見通しの安定性と一貫性を維持すべきだ」と表明。また、副首相は金融機関に実体経済の支援を求め、長期的な機関投資家に株式保有を増やすよう促した。
中国銀行保険監督管理委員会(CBIRC)の郭樹清主席はこれに応じ、資金供給を増やし、新規融資の「適切に増加」を銀行に求めた。さらに、直接金融への強力な支援を確約、保険会社やウェルスマネジメント会社に株式への配分を増やすよう求めた。
中国人民銀行(中央銀行)の易綱総裁は別の会合で、金融政策で主導し、新規融資の増額と実体経済への断固たる支援を約束した。また、中国の証券監督管理機関は、米国の規制当局との対話を継続し、両国の監査監督面での協力での早期合意を表明した。
これによって、資本市場では劉副首相の発言をプジティブに捉え、極端な悲観論が後退し、株価の急反発がもたらされた。
◆大手IT企業に対する取り締まりが緩和へ
劉副首相発言の中、特に注目されるのはIT企業及び不動産産業への具体的な言及だ。
副首相はプラットフォーム経済の安定した健全な発展を促し、国際競争力の向上を促進するとも発言した。大手プラットフォーム企業の是正を着実に進め、できる限り早期に完了すると述べた。
市場はこの発言をアリババやテンセントなど中国IT大手に対する取り締まり強化措置が一段落し、緩和する方向に舵を切ったと受け止めている。この結果、アリババとテンセントの株価が暴落から急騰に転じた。
出所)米Bioombergより筆者が作成。
図2に示すように、アリババの株価は2月24日の108.93ドルから3月15日の76.76ドルへと約30%下落したが、劉副首相の発言を受け、一転して急反発した。16日から3連騰で18日の終値が108.3ドルを記録し、3日間で失地をほぼ取り返した。ちなみに3月25日米NY市場での終値は112.99ドルだった。ウクライナ戦争前日の株価より3.7%も高い。
香港市場のテンセント株価もアリババと似たような値動きを示している(図3を参照)。結論から言うと、政府によるIT企業バッシングは当面ないと思う。
出所)香港ハンセン指数より筆者が作成。
◆不動産税の試験導入が先送り
劉副首相は第1・四半期に景気支援策を講じるとも表明し、不動産部門のリスク防止・解消に向け、強力かつ効果的な対策を講じる方針も示した。
3月16日、財政省は固定資産税にあたる不動産税の試験導入の年内実施を見送る方針を決めた。中国政府は、新たな税負担が不動産市場の低迷を長引かせかねないと警戒しているからだ。
不動産税は昨年10月、全人代常務委員会が政府による試験導入を認めた。住宅などの土地使用権と建物が課税対象となる。福建省アモイ市など一部の都市は事前調査に取り掛かり、試験導入に向けて準備作業を行っていた。だが、中央政府の方針転換によって、この試験導入は年内実施を見送ることになった。
政策転換の背景には、政府の規制で不動産市場が冷え込んだ事実がある。主要70都市の新築物件価格は平均で、2月まで6カ月連続で前月を下回った。不動産産業は建設、建機、建材を含めばGDPの約3割を占める。不動産税の導入で住宅購入の需要が委縮すれば、経済成長の重荷にもなると懸念される。
今年最大の政治イベントは、秋に開催される第20回共産党全国大会だ。異例の3期目を目指す習近平政権にとっては、安定的な経済成長が絶対不可欠だ。上述した一連の政策転換は、中国をめぐる厳しい内外環境に機敏に対応するためだ。党大会開催の成功を確保し、政治・経済・社会の安定を全力で維持することは、今年、習近平政権のすべての政策の基軸と見ていい。