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第18話 重慶モデル

中国経済の最新動向

 今年9月上旬、新たな成長モデル・「重慶モデル」を現地視察するため、中国の南西部にある重慶市を訪れた。
 
 重慶市はもともと政令都市として、四川省に所轄されていた。1997年に四川省から独立し、北京、上海、天津に次ぐ四番目の直轄市に昇格した。都市部と農村部を合わせた人口数は3000万人を超え、中国最大の都会を誇る。
 
 重慶は南京、武漢と並び、中国の「三大溶鉱炉」と言われ、その暑さが有名である。筆者が訪問に行った時、暦では既に秋になっているのにもかかわらず、気温が38度で猛暑が続いている。高速鉄道で成都から重慶に入り、下車すると、サウナのような暑気が襲って来る。汗かきが止まらず体はびしょびしょになる。この「天然サウナ」のせいか、重慶の町には肌が綺麗な女性が多い。
 
 この重慶はいま国内外に注目される。「重慶モデル」という新しい成長モデルを試みているからである。
 
 いわゆる「重慶モデル」とは外需より内需に依存し、「成長」より「分配」を重視する発展モデルをいう。これは、党中央政治局委員薄希来氏が2007年に重慶市書記に就任してから打ち出された市の発展戦略である。
 
 周知の通り、改革・開放以降、中国は「経済成長最優先」路線を歩み、輸出牽引型成長を辿ってきた。しかし、改革・開放が30年以上経った現在、「経済成長最優先』路線も「輸出牽引型」成長も限界に来ている。貧困層と富裕層の貧富格差、都市部と農村部の所得格差、沿海部と内陸部の地域格差など格差問題が顕在化し、分配の不公平・不公正さが問題視され、国民の不平不満が募る。近年、多発している農民暴動や反政府デモのほとんどは、その背景に深刻な格差問題が存在する。
 

 一方、リーマンショック後、米国発金融危機の影響で、これまで毎年2割か3割増を続けてきた中国の輸出は大きなダメージを受け、2009年にマイナス16%に転落した。中国の三大輸出先である日米欧はいま、いずれも景気低迷が続き、輸出拡大はもう期待できなくなる。中国経済はまさに転換点に来ているのである。
 
 重慶市はこうした中国経済の問題点を直視し、新しい成長モデルを模索しようとしている。「重慶モデル」の核心の部分は格差を是正し、富の分配の公平・公正を図り、市民生活を最重要視することにある。その具現は、「住みやすい重慶」(低所得者向け公営住宅建設)、「渋滞なき重慶」(交通インフラ整備)、「植林重慶」(環境保全)、「安全重慶」(暴力団追放、治安改善)、「健康重慶」(医療・保険改革)という「5つの重慶」である。「5つの重慶」はいずれも市民生活改善に力点を置き、膨大な財政支出を惜しまず、内需を振興させる戦略でもある。
 
 ここに特筆すべきことは2つある。1つは重慶市の戸籍制度改革である。既存の戸籍制度では、農村戸籍と都市戸籍に分けている。農村戸籍を持つ人たちのほとんどは、たとえ都市部に移住しても、医療保険、雇用保険、年金など社会保障を享受できず、都市部の義務教育を受ける権利もない。そのため、都市部住民と農村部住民の所得格差は名目では3.3倍、実質では6倍以上となっている。そこで重慶市は2010年8月から戸籍制度の改革に着手し、農村部からの出稼ぎ労働者「農民工」たちに都市戸籍を取得させる。目標としては、2012年までの2年間は300万人、2020年までの10年間は1000万人を農村戸籍から都市戸籍に転換させる。農村・都市間の格差を是正する大きな実験である。
 
 2つ目は「公租房」(低所得者向け公営住宅)建設である。近年、中国の不動産価格は高騰し、大学卒業生、「農民工」など低所得者はなかなか住宅を買えない。こうした低所得者の居住問題を解決するために、重慶市は政府予算で大規模な低所得者向け公営住宅を建設し、安い賃貸価格で月収2000元以下、年齢18歳以上の独身者または月収3000元以下の世帯に提供する。市政府の計画では向こう3年間に面積3000万平方㍍の公営住宅を建設し、総数200万人の低所得者が入居する。公平・公正さを保つため、公募・抽選の形で入居者を決める。居住5年以上の方は、市場価格ではなく、建造コストを基準に住宅を購入することも可能である。なお、購入後、譲渡する時は、政府が購入価格プラス金利で持ち主から住宅を買い戻す。
 
 重慶市の戸籍制度改革も、低所得者向け公営住宅建設も、政府は民生重視に力を入れ、格差是正に努めるのみならず、結果的には内需拡大にも繋がる。その影響は重慶市にとどまらず、全国にも及ぼしている。
 
 「重慶モデル」はまずまずの成功を収めている。良好な治安秩序と社会安定を保つ一方、経済成長も加速している。2008~10年の3年間、重慶市の経済成長率は13.1%、14.9%、17.1%を記録し、年平均15%で全国平均の9.7%を遥かに上回る。重慶市の改革実験と成果は中央政府にも注目され、薄希来書記は来年秋に開かれる党代表大会で政治局常務委員に昇進する確率が高いと見られる。
 
 もちろん、「重慶モデル」は問題がない訳でもない。その1つは政治運動のような形式が疑問視される。例えば、「打黒唱赤」である。「打黒」は、「黒社会」、つまり暴力団を追放すること。これは市民たちが大いに賛成する。しかし、「唱赤」は違う。「唱赤」は「赤い歌」、つまり革命の歌を歌うことである。全市民に国共内戦期、抗日戦争(日中戦争)期の革命の歌を歌わせることは、文化大革命の時の風景を想起せざるを得ない。「文革」回帰、毛沢東時代回帰ではないかと心配する声が上がっている。さらに、愛国主義教育の一環として「唱赤」が行われ、それはナショナリズムの台頭に繋がるのではないかとも懸念される。

 

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