私はいま、多摩大学大学院MBAコースで、経営の視点から見た中国共産党について教えている。中国共産党自体は不人気だが、私の講義は履修者人数が多く、意外に人気があるようである。その理由は極めて簡単だ。マスコミと違う視角で中国共産党を見るからだ。
中国共産党は二つの側面を持つ。イデオロギーの側面と徹底した現実主義の側面。しかし、マスコミはイデオロギーの側面だけに注目し、徹底した現実主義の側面を無視し続けている。それでは中国の急速な台頭を説明できず、日本の読者も中国の真実を知らない。
私はマスコミと違って、徹底した現実主義の側面に注目し、経営の視点から中国共産党を分析している。それは、中国共産党が中国という株式会社の経営者だからだ。具体的に、中国共産党はどのように国家のマネジメントをするか?
社長(総書記)をどのように選出するか?危機管理、長期経済戦略の策定、人材育成をどのよう行っているか? 経営の視点から見た中国共産党の強みと弱みとは何か?どんな課題を抱えているか?などである。
イデオロギーの側面からみれば、中国共産党は批判すべきところが多いが、経営の視点からみれば、30年以上にわたり、会社を拡大成長させてきた経営者は立派な経営者と言わざるを得ず、いろいろなところに合点がいくのである。
それでは徹底した現実主義の側面とは何か?一言でいえば、それは環境変化を読める力と環境変化に対応できる力の両方を備えることだ。一国の政府首脳であろうと、一民間企業の経営者であろうと、この2つの力は組織のトップとして常に問われるリーダーの資質であり、マネジメント能力である。いまの中国共産党は、ある意味でこの2つの力を持っている徹底した現実主義の集団である。
ベルリン壁崩壊後、旧ソ連や東欧諸国の共産党政権が相次いで崩壊するなか、同じ共産党政権の中国は崩壊するどころか、急ピッチで台頭できたのは、彼らが徹底して現実主義の路線を歩んできたからだ。その代表的な人物は鄧小平氏で、彼は「黒い猫でも白い猫でも、ネズミを捕れる猫が良い猫だ」という猫論の下で、社会主義の看板を掲げながら、資本主義の手法を導入し、硬直化した社会主義制度を是正してきた。
20年前の1992年春、鄧小平氏は著名な「南方講話」を発表した。これは正に徹底した現実主義の傑作である。南方談話の中で、鄧氏は旧ソ連・東欧諸国崩壊の本質を的確に分析した上に、共産主義イデオロギーにこだわる「左派」たちの主張を退け、「改革・開放しなければ、中国は死ぬしか道がない」と喝破し、改革加速・開放拡大を訴えた。さらに「社会主義市場経済」の導入も決断した。
これまでの中国の常識では「社会主義=計画経済、資本主義=市場経済」が固定化され、閉そく感が充満していた。鄧小平氏はこの常識を打ち破り、「社会主義=計画経済ではなく、社会主義の国にも市場ある。資本主義=市場経済でもなく、資本主義の国にも計画ある」という柔軟性ある発想で、市場経済の導入を決断した。中国経済が成長挫折から再び高度成長に転換する歴史の瞬間だった。
もし鄧小平氏の現実主義に基づく冷徹な判断、比類がないリーダーシップがなければ、今の中国の急速な台頭がないと言っても決して過言ではない。北朝鮮のような変な国になるか、旧ソ連・東欧のように崩壊するか、この2つの道しかなかった筈だ。環境変化を読める力、環境変化に対応できる力。この2つの力こそ、国の興亡が決められるわけだ。民間企業も同じである。
現在、中国という株式会社は新たな激動期を迎え、鄧小平氏のような新たな改革・開放の決断を必要とする転換期に来ている。今秋、中国共産党全国代表大会が開催され、習近平氏が党総書記に選出される見通しである。新社長の下で、どんな内政外交政策を打ち出すか、持続成長ができる新たな決断がなされるかどうか。国内外の注目が集まっている。 (了)