アパレル業を営む安斉社長は、社内の労働問題について相談するため、賛多弁護士の事務所を訪問しました。安斉社長は、相談後、新しい社員を採用したいが、募集してもなかなか応募がなかったり、早期に退職されてしまったりするなど、社員を安定して確保することが難しいと、思わず愚痴を述べました。
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安斉社長:先生、当社は業績も安定し、新たに入社してくれる人を募集しているのですが、なかなか、応募してきてもらえません。また、やっと雇用できたと思っても早期に退職されることも多いです。採用のために、職業紹介事業者や求人メディアを利用していますが、そちらにかかる費用もばかになりません。
賛多弁護士:そうですよね。よい人を雇用できて、その方が長く働いてくれれば、紹介手数料などの支払いも納得できますが、早期に辞められると、厳しいですよね。
安斉社長:そうなんです。
賛多弁護士:そういえば、今年(令和7年)4月1日から、職業安定法に基づく省令や指針が改正になりました。
安斉社長:どのような改正ですか。
賛多弁護士:労働者になろうとする者に金銭等の提供は好ましくないということで、募集情報等提供事業者は、社会通念上相当と認められる程度を超えて、金銭などを提供することを行ってはいけないということになりました(注1、注2)。
安斉社長:これまでは、金銭の提供等について、このような規制はなかったのですか。
賛多弁護士:職業紹介事業の場合は、すでにこのような規制がありました。今般、求人企業から求人情報の提供を受け求人サイトに掲載するなどの、募集情報等提供事業についても、この規制をすることになりました。
安斉社長:それはどうしてですか。
賛多弁護士:金銭等の提供の禁止についてですが、もともと、職業紹介事業にこのような規制があったのは、様々な趣旨・目的・態様で行われている労働者への金銭等の提供は、いずれも、労働者の行動選択に影響を与え、金銭等の誘因による離転職や求人側の負担など、適正な労働力需給調整機能に望ましくない影響があると考えられているからです。本来、募集情報等提供事業の利用の勧奨については、労働者が希望する地域においてその能力に適合する職業に就くことができるよう、事業の質を向上させ、これを訴求することで行うべきものです。その意味で、金銭等を提供することによる利用の勧奨が好ましくないことは、募集情報等提供事業についても当てはまるということです。
安斉社長:そういえば、先月、新聞に書かれていたことを思い出しました。確か、「人手が足りない分野などを中心に、いったん仲介した労働者に祝い金を出して再転職を促すという方式が過熱している」という趣旨の記事だったと思います。この記事を読んだときには、こんなことが行われていたのかと思いましたよ。少しでも雇用確保の妨げとなることが排除されるといいと思います。
賛多弁護士:そうですよね。今回の改正で、仲介をする事業者だけではなく、いわゆる求人メディア等の募集情報等を提供する事業を行う者についても、金銭等の提供が原則禁止されたわけですが、そのことにより、労働力の需給調整の適正化が少しでも進むとよいと思います。
安斉社長:全くそのとおりです。
賛多弁護士:そのほか、職業紹介事業者や募集情報等提供事業者は、求人者等に対し、職業紹介事業や募集情報等提供事業の利用料金、違約金等の額、発生条件、解除方法等を含む契約の内容について、分かりやすく明瞭かつ正確に記載した書面または電子メールその他の適切な方法により、明示することになりました(注1、注3)。これは、あらかじめ求人者等に誤解が生じないようにするためで、明示の対象としては、本人が採用辞退後に別ルートで採用するなどの際に違約金を適用する場合や、一定の無料期間経過後に有料となる場合の料金、利用契約の更新に関する契約内容も含みます。
安斉社長:そうなのですね。
賛多弁護士:ですから、今ご説明したような契約内容については、職業紹介事業者や募集情報等提供事業者と契約する際、その事業者より明示されることになります。契約締結時には、その内容をよく吟味してから契約するか否かも含め判断してください。
安斉社長:わかりました。契約前に、しっかり確認したいと思います。そういえば、(令和7年)4月1日より前に掲載の申し込みをしている求人メディアがあるのですが、そこにも契約内容を分かりやすく明示するよう求めることはできるのでしょうか。
賛多弁護士:令和7年3月31日までは改正指針の内容は適用されませんが、必要があれば、事業者に確認してみるとよいと思います。
安斉社長:わかりました。
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職業安定法に基づく省令及び指針の一部改正がなされ、令和7年4月1日より、職業紹介事業者、募集情報等提供事業者は新たなルールへの対応が必要となりました。内容としては、指針により、募集情報等提供事業者について新たに労働者に金銭等の提供をすることが原則として禁止されたこと、職業紹介事業及び募集情報等提供事業の利用に関連して生じる違約金その他料金等を、当該事業を利用する者に明示しなくてはならないことになりました(注1、注2、注3)。また、紹介手数料率の実績についてどのような内容を公開するかについて、職業安定法施行令に記載がなされました(注3、注4)。
中途採用のため、職業紹介事業者や募集情報等提供事業者を利用することがあると思いますが、契約締結の際は、当然のことながら、思いがけない不利益を受けないよう、違約金その他の利用料等について確認し、また、公開の情報についても確認することは有益と思料されます。
(注1)厚生労働省告示第三百十八号
https://www.mhlw.go.jp/content/001315281.pdf
(注2)厚生労働省 都道府県労働局 HP
https://www.mhlw.go.jp/content/001328411.pdf
(注3)厚生労働省 都道府県労働局 HP
https://www.mhlw.go.jp/content/001328410.pdf
(注4)職業安定法施行規則の一部を改正する省令
https://www.mhlw.go.jp/content/001114371.pdf
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 堀 招子