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- 中小企業の新たな法律リスク
- 第35回 『感染リスクと向き合う』
新型コロナウイルスに感染することで一番の心配が「重症化」であることは、異論がないでしょう。この重症化のリスクに「加齢」が大きく影響することが、国内外の調査研究から分かってきています。
一方、コロナ禍の最中、高年齢者雇用安定法が改正されました。来年(2021年)4月から、全ての事業主は、希望する従業員が70歳まで働ける就業機会を確保するよう努めることが必要になります。当初は「努力義務」ですが、近年中に、法的に強制される義務へ格上げされる見込みです。
中小企業では、経営者自身は勿論、番頭格の右腕社員や自社技術を支える古参社員が、定年を超えても一線で働いておられることは珍しくないかもしれませんが、これからは、それがどこでも、当たり前になります。我が国では、今後数十年、労働者が高齢化の一途をたどることが、避けられないからです。
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高杉社長:こんにちは、賛多先生。ようやく直接にお目にかかれました。新型コロナウイルス感染症に対応した緊急事態宣言中は、ほとんどの社員を自宅待機させざるを得ませんでしたが、Web会議で先生から助言をいただいて緊急融資や雇用調整助成金などの手続きを進めることができましたので、社員の給与を支払うための資金繰りができました。
しかし、落ち込んだ売上を回復させるために、7月からは、社員に出社してもらってバリバリ働いてもらっています。
賛多弁護士:私もすっかりWeb会議が当たり前になってしまいました。リアルに会うことが簡単ではない、遠く離れたところにおられる方とすぐに直接話ができるので、とても便利だと感じました。これからもWeb会議を活用していきたいですね。
ところで、御社の業務は、テレワークでは難しいのですか?
高杉社長:残念ながら、今回は環境整備が間に合いませんでした。しかし、リモートで行うことができる業務はないか、そのために導入すべきIT技術は何か、調査・検討を始めています。
賛多弁護士:新型コロナの流行には、年単位で備えなければならないですから、それは必要なことですね。テレワーク環境の整備には、国や自治体からの助成金を賢く利用すると良いですよ。そのためには、助成金の要件や手続きを予めよく調べておき、それに合致するように進めることも重要です。
高杉社長:はい、そうします。ところで、目下の心配は、当社の社員の中に、定年後も勤務を続けてもらっている、結構な高年齢者がいることです。万一、新型コロナに感染した場合、高年齢者は重症化しやすいと聞いていますから、本人も心配していると思います。これからテレワークを導入する際には、高年齢者から優先して適用することを考えています。
賛多弁護士:大切な視点ですね。ただ、その心配は、若い社員にも共通しているかもしれませんよ。
高杉社長:持病があると重症化するリスクがあるからですか?
賛多弁護士:それもあるでしょうね。この新型ウイルスに感染した場合、高齢者の他、糖尿病、心不全、呼吸器疾患などの基礎疾患のある方、透析を受けている方、免疫抑制剤や抗がん剤等を用いている方は、重症化するリスクが大きいとされています。
高杉社長:健康診断は毎年受けてもらい、その結果が会社に来ていますが、今まで余り気にしたことはありませんでした。
賛多弁護士:会社には、法定の健康診断の結果を把握して社員の健康リスクの管理に活用する義務があります。ただし、法定の健康診断の範囲は限られているので、社員から自発的に申し出てもらわないと持病や服薬・治療の状況を把握できないこともあり得ます。いずれにしても、社員のプライバシーに十分配慮しなければなりませんし、健康リスクを適切に評価することは素人には難しいですから、守秘義務を課した衛生管理者を窓口にして情報を厳重に管理させ、産業医や保健師などの産業保健の専門家から助言を受けてください。
高杉社長:注目されている「病気の治療と仕事の『両立支援』」が、新型コロナによって、いよいよ事業継続のための喫緊の課題になりましたね。
賛多弁護士:おっしゃるとおりです(本コラム第9回参照)。それから、若くて健康な社員だからといって、新型コロナへの感染に恐怖を感じていないとは限りませんよ。家族に、重症化リスクの高い高齢者や基礎疾患を持つ方などがおられるかもしれません。
高杉社長:確かに、社員の家族の状況は、人それぞれでしょうね。今まで、家族の介護のために社員を休業させる必要がある場合のことしか考えていませんでしたが、社員に仕事に集中して取り組んで貰うために、家族の状況にまで配慮しなければならないとは思い至りませんでした。
賛多弁護士:新型コロナへの感染防御の対策をとることは、社員への安全配慮義務の履行であることは勿論ですが、同時に、仕事での能力発揮を妨げている社会的障壁を除去するという、「合理的配慮」の提供義務の履行でもあるのですよ。
高杉社長:「合理的配慮」とは何でしょうか?
賛多弁護士:障害者雇用促進法の改正によって、2016年から、会社は、障害を持つ社員への「合理的配慮」の提供が義務づけられていますが、その対象は、障害者手帳を持つ人に限られず、障害者雇用の法定雇用率の達成よりも広がりのあるものです。病気の治療と仕事の「両立支援」はその範疇にありますし、「合理的配慮」の発祥の地であるアメリカでは、新型コロナ感染に重症化リスクのある社員への対応も、「合理的配慮」としてとらえられています。
高杉社長:会社にとっては、社員への義務が増える負担感もありますが、新型コロナに立ち向かわなければならない今では、何か、事業を力強く推進するために必要な前向きなものに感じますね。この危機を乗り越えるためには、健康や家族に制約がある社員にも参加してもらう総力戦になりますから。
賛多弁護士:素晴らしい!
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新型コロナウイルスの脅威によって,働き方は劇的に変化せざるを得ません。この新型ウイルスは,感染しても無症状ないし軽症である人が少なくないものの,感染してから発症までの期間(潜伏期間)が長く,潜伏期間にある感染者からも他人への感染がかなりの頻度で起きているそうです。
安全配慮義務だけを守ればよいのであれば、少しでも健康に不安のある社員は就労から外すという判断になるかもしれませんが、そのようなことは、会社も社員も望まないことでしょう。これからは、健康リスクのある社員であっても、そのリスクを調査してコントロールしながら、就労を継続する途を模索する必要があります。
そのためには、会社と社員との間で、健康や家族に関する情報を共有し、協力し合うことができるかが、鍵になります。会社が誠実な「対話」を促進し、信頼を醸成することが重要になるでしょう。
【参考】
● 厚生労働省「高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~」
● 厚生労働省「職場における新型コロナウイルス感染症への感染予防、健康管理の強化について」(2020年5月14日)
● 厚生労働省「治療と仕事の両立について」
● 厚生労働省「平成28年4月(一部公布日又は平成30年4月)より、改正障害者雇用促進法が施行されました。」
● 日本産業保健法学会(設立準備委員会)ウェブサイト 新型コロナ労務Q&A
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 小島健一