■熱湯が噴き出す谷
宮城県と岩手県の県境からも近い小安峡温泉(秋田県)は、400年以上前の江戸時代にはすでに湯治場として開けていた山のいで湯だ。
小安峡温泉のシンボル的な存在で、大地の息吹を体感できる「大噴湯」は、ぜひ立ち寄りたい観光スポットだ。温泉街を流れる皆瀬川の渓谷の岩の割れ目から、熱湯が白い蒸気とともに噴き出している。斧で叩き割ったようなV字の谷は、深さ60メートル。約200段もある階段を下りていくと、途中で息があがってしまう。
谷底には遊歩道が整備されているので歩きやすいが、いたるところから湯けむりが立ち上っており、おどろおどろしい光景が広がる。通称「地獄釜」と呼ばれているのも、あながち大げさではない。水蒸気のすぐそばを通ると、すさまじい熱気。おそらく100℃近い源泉が湧き出ているのだろう。
水蒸気が噴き出すシュッー、シュッーという音は、まるで大地が呼吸しているかのようだ。温泉が大地の恵みである現実を、あらためて実感させられる。
江戸時代の紀行家で東北各地を漂泊した菅江真澄は当時の様子をこう記録している。「湯が三、四丈(9~12メートル)も吹き上がり、滝の落ちる川を越えて向こうの岸の岩にあたり、霧となって散っていく」。これほどではないが、大地の圧倒的なエネルギーの一端に触れられるのは今も変わらない。
■地元の人に愛される共同浴場
再び200段の階段をのぼり終えたときには、すでに息も絶え絶え。汗もびっしょり。その足で小安峡の熱源を利用した「小安温泉共同浴場」へ立ち寄る。おもに地元の人が利用する簡素な浴場である。入口の暖簾をくぐると、番台のおばちゃんと近所のおばあちゃんが井戸端会議中。他のお客さんもいないようで、なんとものどかな雰囲気だ。
男女別の浴室内は、8人ほどが浸かれそうな石張りの湯船がひとつあり、わずかに硫化水素が香る透明湯がかけ流しにされている。源泉が高温のため、加水をして42℃くらいに調整されているが、そのぶんクセがなくゆっくりと浸かれる。
泉質は、さっぱりとした単純温泉。成分総計(溶存物質)は、約50mg/kg。1000mg未満の温泉は、含まれる成分が少ない「単純温泉」に区分されるのだが、とりわけ小安温泉共同浴場の源泉は、その数値が低い。ちなみに、温泉成分が濃いとされる有馬温泉は、60000mg/kgを超える。
だからといって、温泉の効能がないわけではない。温泉には温熱効果がある。体温が上がるにしたがって免疫力が上がり、自然治癒力が高まるといわれている。
■温泉で免疫力がアップする!?
医学博士の伊藤要子氏が書いた『加温生活』(マガジンハウス)によると、体を温めることによって増える「ヒートショックプロテイン(HSP)」というタンパクが、ストレスや病気の治療・予防に有効だという。そのHSPを増やすのに効果的なのが42℃の風呂に10分間入ること。すると、HSPは2日後にピークに達し、4日後くらいまでは増えた状態を維持できるそうだ。つまり、週2日、42℃の湯船に入って体温を上げれば、健康を維持できるということになる。
この健康法を知ったとき、どうして温泉地のおじいさんやおばあさんが元気で若々しいのか、その謎が解けたような気がした。入浴の習慣のある日本人が世界一の長寿国である理由も、実は風呂や温泉の文化にあるのではないだろうか、とさえ思える。
小安温泉共同浴場の約42℃の湯は、体温を上げるにはもってこい。私が入浴中の浴室にも、番台のおばちゃんと地元のおばあちゃんの話し声が響いていた。あの元気な笑い声は、やはり温泉の賜物なのかもしれない。