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危機への対処術(5)「祖国防衛」の決断(ゼレンスキー・ウクライナ大統領)

指導者たる者かくあるべし

 ロシア侵攻による混乱の中で

 一人の男の登場が平和をめぐる国際世論を大きく動かした。広島で開かれた先進7か国首脳会議(G7サミット)に電撃参加したウクライナ大統領・ゼレンスキー氏だ。


 ロシアがウクライナ領土に軍事侵攻して1年3か月苦しい戦いを続けるウクライナ国民の代表は、各国首脳と精力的に会談を行い、F16戦闘機供与を含むさらなる軍事支援の継続を取りつけた。被爆地ヒロシマでのG7サミットに姿を見せたことで、核の脅しを突きつけるプーチン(ロシア大統領)の残虐性を世界に向けてアピールした。のみならず、予定される反転攻勢を前にしたウクライナ国民は、「自分たちは決して孤立していない」と大いに勇気づけられ、勝利への確信をより強くさせることにもなった。


 隣国ロシアによる大義のない侵略を受けて存亡の瀬戸際にある祖国の防衛戦争に立ち向かうゼレンスキー大統領の行動力と世界に向けた発信力こそ、危機のリーダーのあるべき姿を教えている。

 

 「私はここにいる」、状況を変えた一つの動画配信

 昨年2月24日未明、ロシア軍は北、南、東の三方向からウクライナになだれ込んだ。戦車を先頭に首都のキーウに向けて殺到する。ウクライナ国民は大混乱に陥る。車で、列車で首都を脱出する人々。ロシアは、一週間もあれば、キーウは陥落し、ウクライナ国民はロシア軍を歓迎するだろうとタカをくくっていた節がある。


 侵攻を予測していた米英の情報期間も、72時間でキーウは陥落すると見て、ゼレンスキー氏に国外脱出を促し、ヘリコプターを用意した。混乱は、爆撃音が鳴り続く首都の大統領府の地下のバンカーに籠る大統領側近たちの間にもあった。「ひとまず安全な地帯に避難すべきです」と進言する声も出た。


 しかしゼレンスキー氏はきっぱりと拒絶した。「私は逃げない。国民とともに戦い続ける」。


 ロシアのプーチン周辺は侵攻直後から、「ゼレンスキーは逃げ出した」とのフェイクニュース(嘘情報)を流し続ける。有事の際の最高司令官でもある大統領が逃げたとあっては軍が瓦解する。国民も戦意を喪失する。身の安全より、リーダーの存在感を示す必要がある。


 翌25日、ゼレンスキー氏はバンカーを出て、側近たちとともに大統領府近くの街頭に立つ。大統領暗殺を狙うロシア工作員がひそんでいる可能性もある。その危険を冒して路上での自撮り映像をSNS経由で国内外に発信する。


 「私はここにいる。われわれは武器を置かず、祖国を守る。事実こそがわれわれの武器だからだ」


 今見ても感動的な映像である。脱出を考えていた国民の多くが踏みとどまった。兵士たちも圧倒的な兵器の差を跳ね返し、のんびりとキーウに迫る戦車の列を待ち伏せては撃退し、押し返す。ここに事態は一変した。

 

 揺るがぬ決意と発信力の威力

 トップがひるんでは軍も国家も組織も瓦解する。侵略者を断じて許さず徹底して戦うことを表明したゼレンスキー氏の揺るぎない決意が、国民を結束させた。さらに、ロシアとの本格的な戦争に突入することを恐れて妥協策を模索していた西側諸国の支援を引き出すことになった。自ら戦わない国民を助ける国などない。戦争でなくてもいかなる組織においても危機に直面したリーダーが取るべき道は一つである。決然と意志を示し、その決意を組織内外に強く発信することだ。


 広島を去るにあたって記者会見したゼレンスキー氏は、世界に向けて強く訴えた。


 「ロシアの愚かさに対処しなければ、世界が廃墟になってしまう。ロシアによる国際法違反を罰し、平和を実現すれば、将来他の国が戦争に訴えることを阻止できる」


 一貫した意志を強く発信してこそ、世界は動くのである。


 見事なまでのゼレンスキー氏による危機のリーダー術。実は、彼が尊敬するあるリーダーが歴史を変えた教訓から学んでいた。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

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