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東証グロース市場に上場したスカイマークの取締役を楠木建が引き受けた理由

楠木建の「経営知になる考え方」

スカイマークが東証グロース市場上場。取締役を引き受けた理由

 昨年末、スカイマークが東証グロース市場に新規上場した。公開価格を上回る初値となり、これを書いている時点では株価は好調に推移している。とはいえ、まだ上場したばかり。言うまでもなくここがスタートで、着実に成長と利益を実現し、上場企業として株主の期待に応えていかなければならない。

 僕は原則的に社外取締役や監査役の仕事は受けないようにしている。株主の立場から執行を取り締まるよりも、経営執行者に対して競争の中でどのように長期利益を実現するのかについての助言をするのが自分の仕事の本筋だからだ。

 2019年に例外的にスカイマークの取締役の仕事を引き受けたのには理由がある。第1に、経営破綻後の再生を主導したファンドが以前から親しくしていたインテグラルだということ。第2に、かつてANA(インテグラルに次ぐスカイマークの株主)の経営諮問委員をしていたということ。

スカイマークを襲った二度の「どしゃ降り」

 「雨降って地固まる」とはよく言ったもので、ここに至るまでにスカイマークには二度の「どしゃ降り」といってもいい雨に見舞われている。一度目は言うまでもなく2015年の経営破綻だ。スカイマークはかつて東証1部に上場していたが、経営破綻で15年3月に上場廃止となった。今回は再上場ということになる。

 二度目のどしゃ降りは2020年以来のコロナ騒動だ。航空業界ほどコロナの直撃を受ける業界はない。緊急事態宣言ともなると、需要がきれいさっぱりと蒸発してしまう。乗客がいないのだから、もうどうにもならない。

 コロナ騒動下の航空会社経営は非常に困難ではあるが、同時に単純でもある。収入がなくなる以上、まずは固定費を切り詰めなければならない。スカイマークの場合、コストダウンの初動は素早いものがあったと思う。そもそも一度破綻している会社だけに、経営陣も現場の人々も危機に対しては腰が据わっている。粛々とコスト削減が進行した。

航空会社がコスト削減の次にできること

 難しくも単純なのはここから先で、とにかく操作できる変数が生産量(運航する便数)しかない。需要減少に応じて生産量を減らせば変動費はその分削減できる。しかし、打てる手はここまで。機体や人員の削減に手をつけてしまうのは禁じ手となる。キャッシュポジションは大幅に改善したとしても、コロナ騒動はいつか終わる(その時点ではいつ終わるかはわからなかったのだが)。需要が戻ってきたときに、操業する飛行機と人員がなければ回復できず、結局のところ会社は潰れてしまう。

 ギリギリまでコストを削減した後は、生産量という1本のレバーを上げたり下げたりしながら墜落しないように操縦しなければならない。当座を乗り切るために運転資金を銀行団から借り入れる。お金を貸してもらうためにはいくつもの条件(コベナンツ)が課される。コベナンツにヒットしないように微妙にレバーを動かしながら、薄氷を踏むような経営を強いられることになる。

 コロナが一時的に沈静化して乗客が戻ってくると、第2波が押し寄せてくる。、第3波、第4波……と同じ成り行きを繰り返すことになった。何とかなりそうだという希望が出てきたところでまた苦境に陥る――これがキツい。振り返ってみると、いちばんキツかったのは2021年の9月だった。

経営破綻という地獄の経験の共有

 その後もすったもんだあった挙句、再上場を果たしたわけで、社外取締役として感慨深いものがある。執行にあたる経営陣の粘り強さや現場を支える社員の奮闘には頭が下がる。その基盤には、やはり経営破綻という地獄の経験を共有していることがあると思う。経営破綻を通じて醸成された謙虚で真面目で粘り強い文化は何物にも代えがたい資産だ。

 現下の資本市場の状況を考えると、時機を得たIPOとは言えない。しかし、タイミングは二の次だった。スカイマークの再上場には極めて明確にして単純な目的があるからだ。上場で得た資金で(1)借金を返す、(2)機体を増やす――この2つだけだ。コロナ騒動が収束した後の成長にとって、何よりも必要なのは稼働可能な機体を増やすこと。逆に言えば、機体の数が今後の成長にとって最大の制約になる。

 目的や意味がよく分からない上場が散見される中で、スカイマークの場合は「成長資金の獲得」という本来の資本調達(だけ)が目的になっている。これ以上ないほどシンプルかつストレートな上場だ。目的が明確――これが資本政策においてもっとも大切なことだと思う。

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