ペット用品の販売店を経営する猫村社長は、最近、ある店舗で働く従業員犬森さんが退職したい、仕事を休みたいと言うなど、元気がないことを心配しています。どうやら、特定のお客様から無理な要求やクレームが続いていることが原因のようです。
そこで、猫村社長は、何に気を付けて犬森さんやお客様の問題に対処すべきなのか相談するため、賛多弁護士のところへやって来ました。
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猫村社長: 先生、店舗で責任者を務めてくれている犬森さんがここのところ元気がなかったので、つい先日、面談をしたのです。すると、彼女から、仕事を続ける自信がないので辞めたいとか、まとまった休暇が欲しいという言葉が出てきました。入社以来、ほんとうによく仕事をしてくれているので、突然のことで大変驚きました。
賛多弁護士: 犬森さんですね。以前、別の件で猫村社長と一緒に弊所へ相談にお見えになっていますので、存じ上げております。とてもしっかりした方ですよね。一体、何があったのでしょうか。
猫村社長:仕事の量が多いのか、店舗スタッフとトラブルでもあったのかなど、色々聞いてみたところ、社内の問題ではなく、お客様対応に悩みがあるようなのです。彼女、真面目なのでね…。
賛多弁護士:なるほど、顧客対応で苦労されているのですか。犬森さんから、具体的な話は聞かれましたか?
猫村社長:はい。半年くらい前から愛犬の用品を購入してくださっているお客様がおり、2か月くらい前、犬森さんが、そのお客様の愛犬に食物アレルギーがあると聞いていたのにちょっとしたミスで、新商品のペットフードを勧めてしまったそうなのです。その時から、お客様が犬森さんに強く当たるようになって、購入された商品についてクレーム電話を長時間かけてきたり、他のお客様がいらっしゃるのに店舗で犬森さんの接客態度を大声で責めたりしているようなのです。
賛多弁護士:2か月くらいの間にそういうことがどれくらいの頻度であったのですか。
猫村社長:犬森さんによると、少なくとも週に1回はそのお客様が来店するようで、店舗にいるのが怖くなっているみたいです。私としては、お客様にも色んな人がいるから、そんな真面目に受け取らないで、適当に受け流して欲しいと思うのですが。
賛多弁護士:それほど頻繁だと、犬森さんの心労も大きかったでしょう。猫村社長が面談でしっかり事情をお聞きになったことで、犬森さんも少し安心されたのではないでしょうか。ところで、今伺ったお話からすると、その顧客の言動はカスタマーハラスメントに該当する可能性が高いですね。
まず、犬森さんについてですが、本人も希望していることですし、有給休暇などの制度を利用して、まとまったお休みを取ってもらってはいかがでしょうか。このままでは犬森さんの心身の状態は悪化してしまいそうです。すると、貴社にとっても人材的損失となり得ますし、法律上は従業員から貴社が損害賠償責任を追及されるリスクもあります。
猫村社長:犬森さんには長く働いてもらいたいので、早速、社内で調整します。
賛多弁護士:次に、顧客対応ですが、既にカスタマーハラスメントが疑われる状況ですので、今後その方から何等かのクレームを言われたら、犬森さんではなく、犬森さんの上司など複数名で対応されてはいかがでしょうか。その際は、顧客の話をしっかり聞いていただいた上で、謝罪すべきは謝罪し、対応できないことははっきり断るという姿勢で臨んでいただくことが大切です。できれば、防犯カメラが設置されている場所で状況を録画しながら対応いただくのが良いと思います。
猫村社長:カスハラという言葉はよく聞くものの、あまり当事者意識を持って考えていませんでした。
賛多弁護士:カスタマーハラスメントは、特にここ数年で社会問題化しているハラスメントの一つですから、具体的な対応方針をまだしっかり考えられていないという企業や経営者の方は少なくないと思います。ただ、最近は、顧客向けのサービス規程に、カスタマーハラスメントに当たる要求はお断わりする旨を明記して公開している企業もあります。これは、企業側が、経営資源を割く「顧客」の範囲に一定の制限を設けた例と言えるでしょう。カスタマーハラスメントから従業員を守るためにも、他の顧客が適正にサービスを受けられるためにも、経営問題として、顧客対応のあり方を決定していくことが重要ですね。
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カスタマーハラスメントとは、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(厚生労働省、2022年2月)によれば、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と記載されています。企業が提供する具体的なサービス内容によってカスタマーハラスメントの判断基準は異なり得ますので、各企業において、顧客対応の方針を明確にし、その内容を社内で共有することが重要です。
カスタマーハラスメントに起因して従業員の心身に問題が生じた場合、企業責任を問われることもあります。また、特定の人の問題言動への対応に追われることで、他の顧客に対して適正なサービスを提供できなくなるリスクもあります。いずれにせよ、カスタマーハラスメントを放置してしまうことが企業経営にとってマイナスの影響となることは明らかです。
したがって、顧客対応を現場任せにすることなく、経営問題として捉え、対策を検討いただければと思います。取り組みの事例等は、上記マニュアル(000915233.pdf (mhlw.go.jp))も御参照ください。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 加藤 佑子