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第129回 鳴子温泉(宮城県) 10の泉質のうち7つが湧き出す温泉天国

高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』

■西の別府、東の鳴子

 温泉地に住むならどこがよいか? 筆者のような温泉マニアであれば、一度は夢想したことがあるかもしれない。

 温泉地に住むことが叶えば、毎日、温泉に入れる生活を実現できる。好きな温泉に浸かりたいときに浸かる。温泉好きにとって、これほど幸せなことはない。しかも、温泉に毎日入ることは心身の健康にもよいことは経験的にわかっている。「温泉のある生活」は、幸せをつかむためにも理想的といえる。

 とはいえ、現実はそう簡単ではない。仕事や家族、子どもの学校もあるので、どこでも好きなところに引っ越せるわけではない。だが、そうした現実的な条件を無視して温泉地に住めるとしたら、筆者の答えはすでに決まっている。

 西なら別府温泉郷。日本を代表する温泉都市である。町のあらゆるところに温泉が湧いていて、1年間、毎日違う温泉に入っても余るほどである。

 東なら宮城県北部に湧く鳴子温泉郷が第一候補だ。鳴子温泉郷は、鳴子温泉、東鳴子温泉、川渡(かわたび)温泉、中山平温泉、鬼首(おにこうべ)温泉の5つの温泉地で構成される。

■泉質豊富な「温泉のデパート」

 それぞれが温泉街として個性をもっているのも魅力だが、何よりもすばらしいのは、さまざまな泉質の湯が湧いていること。通常、ひとつの温泉地に湧く温泉の泉質は同じであることがほとんどで、多くても数種類が混在している程度だ。

 だが、鳴子温泉郷の場合は、「温泉のデパート」といっても過言ではないくらいバラエティーに富んだ表情を見せてくれる。

 単純温泉、塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫黄泉……温泉には大きく分けて10種類の泉質が存在するが、なんと、そのうちの7種類が鳴子に集まっているのだ。

 そんな温泉郷の中で最も規模が大きく、にぎやかなのが鳴子温泉。筆者が温泉街を訪ねるとき、いつも最初に入浴するのは、共同浴場「滝の湯」と決めている。地元客だけでなく観光客も足を運ぶ人気の湯で、いつ行っても多くの人でにぎわう。

 総ヒバづくりの浴室には、7~8人が浸かれるサイズの湯船と打たせ湯が2本。乳白色の濁り湯が、滝のように豪快に落とされる。力強さと鄙びの風情を兼ね備えた浴室は、「これぞ東北の共同浴場」といった風格が漂っている。

 ざばざばとかけ流しにされている湯は、硫黄の香りが強烈。酸性なので口にふくむとすっぱい。鳴子で最古の歴史をもつ源泉は、階段上にある温泉神社から湧き出したものを引いており、その歴史は1000年以上。まさに「神の湯」である。

■隣り合うのに真逆の泉質

 「滝の湯」の隣には、風情のある木造の宿が建っている。創業370年、建物が有形文化財に指定されている「元祖うなぎ湯の宿ゆさや」。かつて仙台藩に「滝の湯」の湯守を命じられていたという由緒正しき和風旅館だ(入浴は宿泊のみ)。

 こちらの名物は、ぬるぬるすべすべとした肌触りが特徴の通称「うなぎ湯」。天候や気温によって、エメラルドグリーンや灰色に湯の色が変化する神秘の湯である。筆者が訪ねたときは、世にも珍しい灰色の湯が湯船に満たされていた。

 不思議なのはそれだけではない。「うなぎ湯」は、pH8.9のアルカリ性だが、「滝の湯」はpH2.8の酸性。アルカリ性の温泉はやさしい美肌の湯だが、酸性の温泉は殺菌作用のあるパンチのきいた湯で、まったくの別物。入り比べてみると、その入浴感の違いがよくわかる。

 「うなぎ湯」と「滝の湯」は、すぐ近くに源泉があるにもかかわらず、まったく泉質が異なる。これが鳴子の凄みだ。隣り合う温泉でも源泉の特徴が異なるのだから、東鳴子温泉、川渡温泉、中山平温泉、鬼首温泉もまた、鳴子温泉とは異なる湯が湧く。

 鳴子温泉に住めば、毎日異なる泉質の湯をめぐることができる。そんなことを想像するだけでも自然と幸せな気持ちになる。

 

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