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国のかたち、組織のかたち(96)非対称戦略①(膠着するイラン情勢)

指導者たる者かくあるべし

 相手の土俵では戦わない

 2月の末に米軍とイスラエル軍による突然のイラン空爆で始まった中東の緊張は、70日以上を過ぎてもこう着状態が続いている。イランの核開発計画を阻止することを狙って攻撃に踏み切った米国のトランプ政権は、攻撃によってイランの最高指導者のハメネイ師が死亡したこともあり、早期にイランのイスラム体制が不安定化し白旗を上げるものと見ていたが、そうはならなかった。

 米軍は空母打撃群をアラビア海に出動させて、高精度のミサイルと圧倒的な空軍爆撃能力を背景に軍事圧力を加え、時を待たずイラン軍の弾道ミサイル攻撃能力と防空能力は崩壊し、イラン国内で民衆が蜂起し親米的な政権に置き換わるだろうとの楽観的な目論見もはずれた。

 地上最強の大国を相手にイランがここまで持ちこたえているのは、圧倒的な軍事力を持つ相手に対して正面戦を構えず、外交力と安価な兵器で対抗する非対称軍事戦略を駆使しているおかげだ。

 米国・イスラエルは高価なスマート爆弾や巡航ミサイルを大量に投入し兵器の質量ともに圧倒しているものの、イラン軍と革命防衛隊は、地上軍派遣を躊躇する米軍側を尻目に、安い無人ドローンを駆使し、イスラエル本土と、米軍に基地を提供している湾岸諸国の石油基地を攻撃して対抗し、それなりの効果を上げている。

 イランは、「相手の得意な土俵では戦わない」という非対称の戦略を徹底させている。

 

 孫子の兵法

 さらにイランは、湾岸諸国から世界に向けた原油、石油製品の輸送ルートの要衝であるホルムズ海峡を封鎖して、世界経済を人質にとった形となっている。米国もホルムズ海峡を通過するイランの貨物船を封じこめる逆封鎖措置を取った。

 これにより、イランは、米国とイスラエルが要求する核兵器開発の放棄の手前に、世界経済に混乱を招くホルムズ海峡問題を第二戦線として巧妙に設定し、早期解決を目指す米国大統領トランプを苛立たせる。イラン事態の争点が複雑化している。米国の同盟国も容易に動けなくなっている。これがまたトランプの焦りを助長している。

 軍事力では圧倒されているイランは、パキスタンの仲介による事態収拾に向けた裏交渉では,ホルムズ海峡カードを利用して巧みに主導権を発揮している。これぞ非対称戦略ではあるが、奇妙な構図だ。

 中国古代の兵法書である『孫子』の虚実篇にある。

 「戦いに巧みな人は、(自分が主導権を握って)相手を思いのままにして、相手の思いのままにされることがない」(致人而不致於人)

 また、こうもある。「戦いの要点は、敵の強いところ(実)を避けて、敵の弱点(虚)を撃つものだ」(避実撃虚)

 ビジネスにおいても同じだろう。同業大手あるいは先行社が市場を独占して守りを固めている所より、彼らが手薄なニッチ(すきま)を狙い、主導権を発揮してこそ勝ち目はある。

 

 大詰めの情報戦

 さらに米国とイスラエルの間にも、イラン攻撃にかける時間に関して微妙な思惑のずれが生じ始めている。トランプにとっては一刻も早い事態の収拾が不可欠だ。11月に中間選挙を控え、戦闘状態が長引けば、与党共和党への支持率はさらに低下してしまう。イラン攻撃が引き起こしたホルムズ海峡封鎖で米国内の物価は上昇を続け、国民の批判は政権に向かい始めている。

 一方、イスラエル首相のネタニヤフは秋までに総選挙を控えているが、地域の宿敵であるイランへの強行姿勢が長引くほど国民の支持を引き止めることになり選挙戦に有利に働くからだ。

 イランはこのずれを熟知しており、トランプの焦りを利用してネタニヤフの強硬姿勢を牽制させている。

 イランにとっては、事実上の核保有国のイスラエルとの戦いに備えて核開発放棄はあり得ない。平和利用を隠れ蓑に核開発路線を捨てることはない。トランプはイランの核開発に歯止めをかけたと見える成果なしには、下手な妥協は命取りとなりかねない。

 米イラン両国は妥協点を見出せるのか。今週には米中首脳会談が予定されている。これに先立ちイラン外相がロシア、中国を相次いで訪問し中東情勢について意見交換し、事態は外交情報戦の様相を見せている。

 米イスラエルのイラン強襲で幕を開けた中東の激動を、非対称戦略でなんとか凌いでいるイラン。落とし所は見えてくるのか。それとも、痺れを切らしたトランプが本格的な攻撃を決断するのか。月内に山場を迎えることになる。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考資料

 『新訂 孫子』金谷治訳注 岩波文庫

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