2012年は政治的にも経済的にも「乱世の年」になるだろう。
まず、2012年は選挙・政権交代の季節である。1月に台湾総統選挙 、3月にロシア大統領選挙、4月フランス大統領選挙、10月に中国党総書記選挙、11月に米国大統領選挙、12月に韓国大統領選挙など、重要な選挙が相次いでいる。選挙の年に各国は対外強硬姿勢を競い、衝突や摩擦の急増が懸念される。
世界経済に目を向けると、出口が見えないユーロ危機、「リーマンショック」からまだ脱却しきれない米国経済、景気減速に転じる新興国経済など、世界経済の景気低迷長期化の懸念が強まっている。
一方、中国経済も景気下振れの懸念が増大している。住宅バブル崩壊のリスク、地方債務問題の表面化、日米欧の景気低迷による輸出の鈍化、中小企業の資金不足と業績悪化など、喫緊の課題が山積している。内外ともに「乱世の年」と言わざるを得ない。
しかし、中国ビジネスについて、過剰な悲観論は禁物である。「乱世にチャンスあり」というパラドックスの発想、「前向き・上向き」という姿勢が重要だ。
22年前、中国に「天安門事件」が発生し、日米欧諸国は一斉に対中経済制裁と軍事制裁を発動した。中国ビジネスのリスクが俄かに表面化し、各国企業は相次いで中国から撤退し、或いは新規投資案件を見送っていた。この「乱世」の中で、逆張りの発想でビジネスチャンスを求め、中国進出を決断した外国企業がある。アメリカのモトローラと日本のJUKIである。
1989年、モトローラは中国市場調査を開始。その直後、「天安門事件」が発生し、外国企業の中国撤退が続出する。だが、同社の会長は中国の政治リスクより市場の重要性を重視し、中国進出を決断した。1992年に天津モトローラを設立し、「天安門事件」後、最も重要な外国企業の中国進出案件として注目される。その後10年以上にわたり、モトローラは中国携帯電話端末市場において独占的な状態が続き、莫大な利益を手に入れた。
「天安門事件」直後に中国進出を断行した日本企業もある。工業用ミシン世界最大手のJUKIである。1989年5月、当時の上海市長朱鎔基氏が来日し、JUKI社長山岡建夫さん(現最高顧問)に上海進出を要請し、山岡さんもそれを快諾した。だが、その直後に「天安門事件」が発生した。朱鎔基市長との約束を守るか。それともリスクを恐れ、中国進出を見送るか。難しい決断を迫られる山岡社長は、朱鎔基市長の改革手腕と上海市の安定ぶりを評価し、計画通りに1989年10月に上海市に生産拠点を設置することを決めた。山岡社長の決断は高く評価され、その後、首相に就任した朱鎔基氏に「老朋友」(古き友人)と呼ばれる。JUKIの中国事業も順調に展開され、いま同社の中核事業と利益の源泉ともなっている。
「乱世にチャンスあり」。モトローラとJUKIはまさにその成功例を示している。いまの中国経済情勢は22年前の「天安門事件」の時とまったく違うが、「中国経済悲観論」が充満している点では同じである。
前回のコラムで、筆者は極端の悲観論を退き、根拠ある楽観論を展開している。「2012年の中国経済は減速があっても失速(成長率6%以下)や崩壊のシナリオがない」と述べている。むしろ、2012年は中国の内需重視への政策転換によって、日本企業のビジネスチャンスが膨らむ1年になると思う。
具体的に、日本企業は中国の巨大市場に照準し、次の対策を取るべきと、筆者は提言する。
【1】 明確な中国地域戦略を打ち出し、地域毎のニーズに応え、日本で生産し
中国に輸出する製品を増やす。
【2】 円高メリットを活かし、積極的に中国に進出し、現地で生産・販売・
サービス提供を増やす。
【3】 より多くの中国人観光客を誘致し、日本国内で消費してもらい、地域
経済を活性化させる。
【4】 中国の資本を積極的に誘致する。
【5】 優秀な中国人材を活用する。
要するに、成長する中国経済のエネルギーを最大限に活用・吸収することは、日本企業のビジネスチャンスに繋がり、利益の源泉にもなる。