今回は、東京のちいさな町工場が、初めて自社ブランド開発に挑んだ結果として生まれた商品の話です。
この町工場は、設立から50年を超えていますが、その間ずっと下請け製造に携わっていました。産業用のスイッチ部品など、精密プラスチック部品の生産が専門です。駅の券売機にあるスイッチ、あるいは音響機器のスイッチなどが得意といいます。
技術には自信がある、と断言します。でも、この20年間で、プラスチック部品をめぐる外的要因の変化(コスト的な圧力がその筆頭でしょう)から、売り上げは激減。さあ、どうするかという局面で、自社ブランド商品を作ろうとなったわけです。
会社の名はアルプス化成といい、東京の大田区にあります。
で、企画立案し、開発を4年ほど続け、ついに昨年発売にこぎつけたものとは……。
これ、コインホルダーです。商品名は「CoinCA(コインカ)」で、値段は880円。
これまで見かけてきたようなコインホルダーと異なるのは、とにかく薄くて軽いこと。クレジットカードと同じサイズです。
「CoinCA」には3つのバリエーションがあります。1つは「500円玉1枚+100円玉4枚」を収められるタイプ。そのほか、「50円玉1枚+10円玉4枚」と「5円玉1枚+1円玉5枚」という仕様のものもある。そのいずれもがクレジットカードサイズなんです。
ここで思うわけです。
このキャッシュレス時代に、どうしてまた、よりにもよってコインホルダーなのか。開発している間に、時代遅れになってしまったのでしょうか。あるいは、さほど売れなくても構わないと割り切ったのでしょうか。
「いえいえ、今の時代だからこそ、でしょう」
あっ、考えてみえばそうだ。確かに小銭は以前ほど必要ないですね。クレジットカードが使える場は広がっていますし、鉄道系ICカード、さらにはスマホ決済(◯◯ペイなどとよく呼ばれるもの)が消費者の間で急速に浸透しています。でも、決して、小銭が全く必要ないわけではない。
都心を離れるとよくあることですが、コンビニエンスストアは周囲になく、あるのは飲み物の自動販売機だけ。でもICカード決済に対応していなくて、現金で購入するしかない、といった状況、けっこう遭遇します。飲み物だけではない。いざという場面のために、必要最小限の小銭は持っていたいという人、少なくないでしょう。でも小銭入れを携えるほどではない時代。
だから、この超薄型のコインホルダーなのですね。
「そうです。10年以上前だったら、このコインホルダーは厳しかったでしょう。『小銭の枚数はもっと必要だ』と……。逆に10年以上先の将来には、このコインホルダーすらも要らなくなるかもしれません。つまり、今こそ、この商品なんです」
納得しました。この「CoinCA」ならば、長財布のカード入れに差し込んでおけばいいだけでかさばりませんし、長財布すら持たない場面(例えばジョギングするときですとか)でも、ポケットに難なく入るし、ポケットは膨らまない。
同社のサイトで通販を始めているだけでなく、すでに大手雑貨店からの引き合いもあると聞きました。
開発に4年かかったといいますが、何に苦心したのでしょうか。
「3DプリンタやCADの勉強もイチから始めましたからね……」
下請け製造ではなく、自社ブランド開発となると、商品のコンセプトや仕様の決定は、当然ですが、すべて自身の肩にのしかかってきます。
金型は3度作ったそうです。これも負担だったと察します。金型って、ごくちいさなものでも100万円を超えるケースが少なくないから。
上の画像は、左から順に試作品を改良していったものの一部です。一番右が完成版。
開発で譲らなかった=諦めなかったのは、小銭を出し入れするときのクリック感(カチッという感触が、指先に小気味よく伝わる)だったそうです。
「スイッチを作り続けてきた町工場の意地といいますか……」
このクリック感、使ってみると本当に気持ちいい。アイデアも見事ですが、長年培ってきた“足許の宝物”を生かしきった快作であるとも思いました。