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- 中小企業の新たな法律リスク
- 第21回 『変形労働時間制を正しく運用できていますか?』
近年、労働者の残業代への関心の高まりを背景として、残業代をきちんと支払う会社が増えてきました。残業代の支給は会社にとっては人件費の増加につながりますから、多くの会社が「働き方改革」を背景として残業そのものを減らすなどの対応をしています。
ホテルを経営する会社の石山社長も、社員の残業について考えるようになり、賛多弁護士に相談に来ました。
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賛多弁護士:御社はホテルを経営されています。ホテル業では人件費も大きな割合を占めるため、残業代の抑制が課題になると思いますが、どのような対策をされていますか。
石山社長:ホテルは同じ月内でも週によって繁閑の差が大きく、時には長時間のサービスに従事しなければならないときもあるため、1か月単位の変形労働時間制を採用しています。
賛多弁護士:確かに変形労働時間制を採用すれば、例えば、ある週について週法定労働時間の40時間を超えていても、他の週で40時間に満たなければ、変形労働時間制を採用しない場合よりも残業代の金額を減らすことができますね。ところで、どのように変形労働時間制を運用されていますか?
石山社長:就業規則で1か月単位の変形労働時間制を採用する旨と、具体的なシフトはあらかじめ社員に提示する旨を定めています。
賛多弁護士:就業規則でどのようなシフトがありえるのか、つまり、何時から何時まで業務に就く可能性があるのかを定めていますか?
石山社長:いえ、そこまではしていません。
賛多弁護士:それは問題ですね。変形労働時間制を採用する場合には、最低限、どのようなシフト形態があるのかを就業規則で定めておく必要があります。
石山社長:なるほど。どのような時間帯で業務に就く可能性があるのかをきちんと明示する必要があるということですね。
賛多弁護士:その通りです。ところで、具体的なシフトはいつ頃社員に提示していますか?
石山社長:1か月単位の変形労働時間制を採用しているので、4週間で1サイクルとなっています。この1サイクルの始まる前までには提示することができています。ただそのあと、頻繁にシフトの変更が発生しているのが実情ですね。
賛多弁護士:なるほど。変形労働時間制を採用した場合には、変形をさせる期間が開始するまでに具体的なシフトを提示する必要があるのですが、この点は問題なさそうですね。ただ変形労働時間制では、1度決まったシフトを変更できるのはかなり例外的な事情がある場合に限られるので、使用者が任意にシフトを変更するような制度は、変形労働時間制に該当しないと考えられています。
石山社長:頻繁にシフトの変更が発生しているとどのようなリスクがありますか?
賛多弁護士:後に社員から「この会社は変形労働時間制を正しく採用しているとはいえない」として、会社の変形労働時間制それ自体を争われるリスクが生じますね。裁判所において変形労働時間制を正しく採用できていない、すなわち、会社の定める変形労働時間制は無効と判断された場合には、1日8時間、週40時間の法定労働時間を前提に残業代を計算しなおし、未払いの残業代を支払うよう判断がされることになります。
石山社長:変形労働時間制を正しく運用していないと、未払残業代の問題にもつながるんですね。
賛多弁護士:その通りです。ところで、頻繁にシフトの変更が発生しているのはどのような理由からでしょうか?
石山社長:パートも採用して、社員と一緒に業務にあたっているのですが、意識の差というのでしょうか‥‥。どうしてもパートは急に休むことも多く、そのために社員がそのパートのシフトを埋めている現状があります。
賛多弁護士:そのような現状だと、「善良な」社員ほど急なシフト変更に備えて、シフト上は休日になっている日も私的な予定を入れないといった対応をしかねないので、結果的に御社に尽くしてくれる社員ほど疲弊してしまうということが起きます。
石山社長:なるほど。会社としてもどこかそのような社員に甘えていた面があったのかもしれません。
賛多弁護士:最近は転職も容易ですので、会社に尽くしてくれるようなやる気を持った貴重な人材が社外に流出してしまう可能性もあります。なるべく一部の社員に業務のしわ寄せが起きないように体制を整備する必要がありますね。
石山社長:その通りですね。賛多弁護士、弊社の業務改善のお手伝いをしてもらえませんか。
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飲食業界、介護業界、ホテル業界など業務が長時間にわたり、シフト制によって人を配置しているような職場では変形労働時間制が採用されている場合があります。しかし、変形労働時間制を法的に問題なく運用できているケースはむしろ稀です。変形労働時間制を正しく運用していないと、未払い残業代の問題に発展する可能性もあります。そのため、シフトの変更が頻繁に生じる場合には、その原因を特定し、解消していくことが望まれます。なお、シフトの作成、変更を人の手で行おうとすると多大な時間を要しますので、シフトを自動的に作成してくれるITツールを利用することも検討に値するでしょう。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田 重則