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人間学・古典

第24話「世界一短い定型詩『俳句』の世界」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 テレビのバラエティ番組でも「俳句」が取り上げられ、お茶のペットボトルには年代を問わず心がほのぼのとするような句が印刷され、新聞では「川柳」が地道な人気を保ち続けている。

 「俳句」と聞くと急に敷居が高くなるようにも感じるが「五・七・五」の日本人特有の韻律は、演歌の歌詞などにも使われ、実は古くから我々に馴染んでいるものだ。

 「古池や蛙飛びこむ水の音」。松尾芭蕉(1644~1694)の名句を知らない人はいないだろう。しかし、この句が一体何を意味し、なぜ名句なのか。それを考えると「?」となり、そこが俳句の敷居を高くしているのかもしれない。読んだ通りの光景の、この句のどこが名句なのだという思うのも無理からぬ話だ。

 この句は、古池に蛙が飛び込んだ時の光景、特に「水音」を、僅か十七文字で現わしているから優れているのだ、という説もある。一方で、「蛙は飛び込まなかったのだ。飛び込んだら音がしただろうというイメージを描いたのだ」という正反対の説もある。作者に確認する術がなく、正解は分からない。俳句の世界では、こうしていかようにも解釈できるものが名句の条件の一つともされている。

 

 俳句に限らず、文字に書いたものや言葉は、一旦発してしまえば後はそれを受け取る側の自由で、どんな解釈も可能な余地を持つ。そこに、言葉遊びの面白さがあるとも言える。

 とは言え、わずか十七文字の「定型」で、風景や感情、詩情を表現することのできる詩は他の国にはない。西暦700年代から800年代にかけて、天皇から庶民までが読んだ歌を収めた『万葉集』を作ったインテリジェンスは、中世には和歌の三十一文字から更に字数を減らし、剰えその中に季節を示す「季語」を入れる、語尾の「かな」「けり」などの使用法など、多くの規制を掛けた中でなお詩情を失わない芸術性を持った「文学」を生み出した。この日本人の知性は見事なものだと感嘆のほかはない。

 

 この発想は、実際の庭に酷似した物を箱の中に創り、そこに造形美を見出す「箱庭」、江戸時代の「煙草入れ」を帯から提げるために用いた「根付」などにも共通する「ミニチュアの美学」と考えることもできる。手先が器用なことに加え、限られた国土、行動範囲の中でスケールの大きなものだけではない物にも「美」を見出す感性は、「島国」という固有の環境が大きな影響を与えて来たはずだ。日本の文化は「水平」に広がって来たのではなく、「垂直」に積み上げられて来た、という感覚は、この島国という環境だからこその結果である。日本が他国と国境を接する大陸の一部であったなら、今のような形で多くの伝統や文化が残ることはなかっただろう。

 

 同じ十七文字の形式でも「俳句」と「川柳」は違う。「俳句」は先に述べたような決まりがあるが「川柳」には一切なく、世の中を風刺し、洒落のめすユーモラスな内容を多分に含み発展を遂げた庶民の芸術と言えるかもしれない。江戸時代、1765年から75年をかけて編纂された川柳集『誹風柳多留』(はいふうやなぎだる)には「役人の子はにぎにぎをよく覚え」「寝ていても団扇のうごく親心」など、当時の庶民の生活を活写した句に溢れている。これは、今に続く「サラリーマン川柳」の元祖、と言ってもよいだろう。

 俳句は大概が「俳号」を持つ俳人の作だが、「川柳」は逆に「詠み人知らず」が多く、それだけに自由度も高い。「無理させて無理をするなと無理を言い」とはどこの誰の作か、サラリーマン川柳としては秀逸だ。一方で、無理をさせているリーダーとしては頭の痛いところを突かれた句でもある。

 この川柳も読みよう次第で、過酷な労働状況に対する怨嗟の声とも取れるし、「人生とはそんなもんだ」と達観した姿勢を諧謔的に述べたとも取れる。他者が何を考えているのか、その深奥はなかなか読み取ることのできないものだ。しかし、過去のこうした何気ない遊びのような物でも、人の気持ちを理解するための参考にすることは可能だ。

 また、「逆も真なり」で、リーダーやトップの発言が、本意ではないところで理解されるケースも多々ある。ゆえに、言葉は慎重に選ぶべきなのだが、どう理解されても真意が伝わるような言葉を使うにはどうすればよいのか、とはトップに与えられた課題である。100人に対して発したメッセージが正しく全員に理解されるかどうかは難しく、場合によっては危険なケースもある。そこを踏まえた上で、自分の言葉、表現方法を豊かにしておくことは、トップの素養でもある。そうした時に、先人が残したユーモラスな発想も、時には役立つのではないだろうか。

 

 とは言え、今から俳句をひねる必要はない。ただ、俳句を詠む時に多くの人が繙く「歳時記」には、日本の四季や感情、思想がみっちりと詰め込まれている。どこの出版社のものでも構わないので、この一冊を座右の書に加えることで、社長の品格も上がる、というものだ。決して高い投資ではないと思うのだが…。

 

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