さる10月下旬、第19回中国共産党全国代表大会は習近平氏を核心(別格の存在)とする新しい執行部を選出して幕を閉じた。選ばれた政治局委員25人に、王滬寧、劉鶴、楊潔?、陳希など4人がアメリカ留学または勤務経験がある人物だ。この前代未聞の人事布陣から習近平主席の深謀遠慮が伺える。
「留美派」代表格の王滬寧が最高幹部へ
中国ではアメリカを「美国」と言い、アメリカ留学組を「留美派」と呼ぶ。
「留美派」の代表格は王滬寧(62歳)という人物だ。2017年10月、王氏は共産党政治局常務委員に選ばれ、中国執行部メンバーの1人となった。「留美派」が最高幹部となるのは共産党政権樹立以降、初の出来事である。
王滬寧氏はもともと上海復旦大学の教授を務める著名な政治学者だった。1988~89年、王氏は訪問学者として米アイオワ大学及びカリフォルニア大学に留学し、滞在中30以上の米都市と20校弱の米大学を訪問し、アメリカの政治システム及び政権交代のメカニズムを詳しく調べた。帰国後、『アメリカに反対するアメリカ』という著書を出版し、民主主義に基づくアメリカの政治システムを客観的に詳しく紹介した。
1995年、王氏は当時の江沢民国家主席に招かれ、党のシンクタンクである中央政策研究室政治組長に就任し、江氏のブレーンとなる。その後、同室長に昇格。胡錦濤政権時代に書記局書記に就任し、胡主席のブレーンとして活躍。2012年、習近平体制が発足すると、王氏は政治委員に選ばれ、25人の政治局メンバーのうち、唯一の「留美派」委員となる。今年10月、二期目習体制がスタートし、王はさらに昇格して最高幹部の常務委員となる。大学教授から政治家に転身し、「留美派」で最高幹部に選出されるのは、共産党政権の下では初の快挙である。王氏は引退した劉雲山氏からバトンを受け、書記局筆頭書記でイデオロギー分野の最高責任者を務める。
王氏の理論的な造詣は深い。江沢民氏の「三つの代表論」、胡錦濤氏の「科学的発展観」、「習近平氏の新時代中国特色ある社会主義思想」などの理論構築は、そのデザイナーはいずれも王滬寧氏であった。特に、習近平氏が国家主席就任以降、外遊中の外国首脳とのトップ会談では、習のすぐ隣の席に着くのは王氏であり、習主席の最側近とも言われる。
習近平氏は「留美派」の王滬寧を最高幹部に抜擢したのは、彼の実績を高く評価する一方、アメリカ重視の姿勢を示す狙いもある。
経済政策部門トップの劉鶴が米ハーバード大学OB
王滬寧が習近平主席の最重要な政治プレーンであるとすれば、劉鶴(65歳)氏は習の最重要な経済政策ブレーンと言える。今年10月開催の党大会で、劉もニューフェイスとして政治局入りを果たした。
2013年5月、習近平国家主席は北京訪問中のトーマス・E・ドニロン米国家安全保障問題担当大統領補佐官(当時)と会見した時、同席した劉氏を次のように持ち上げた。「彼は劉鶴です。私にとって極めて重要だ」と。実は、この劉鶴氏もアメリカ留学経験者である。
1952年生まれの劉氏は、中学校時代(北京101中学校)では習氏の同窓だった。1978年人民大学に入学し、卒業後に国家発展改革委員会に就職した。1992~93年米シートン・ホール大学に留学し、94~95年にハーバード大学ケネディー行政学院で勉強を続けた結果、MPA(行政修士)学位を取得した。
2012年、劉氏は党中央委員に選ばれ、15年3月、劉氏は中央財経指導小組(トップは習主席)事務局長兼国家発展改革委員会副主任に就任し、習主席を補佐する最重要の経済ブレーンとなった。
来年3月の全人代を経て、劉氏は副首相兼国家発展改革委員会主任に就任する見通しである。
外交トップの楊潔?はアメリカ駐在大使だった
二期目習近平体制の人事について、もう1人注目される人物は、中国外交トップ楊潔?氏(67歳)の昇格だ。国務委員を務める楊氏は、党中央委員から政治局委員に昇進したのである。外交トップが党政治局委員に抜擢されたのは、江沢民政権以来20年ぶりの出来事だ。
楊氏はイギリス留学経験者だが、アメリカ勤務が長い。在アメリカ大使館勤務は合計3回で9年間に及ぶ。アメリカ駐在大使を経験した後、外交部長(外相)に就任。2013年からは国務委員に昇格し、中国の外交トップとなる。
楊氏のアメリカ人脈は幅広い。特にブッシュ元大統領一家とは古き友人関係である。1972年、ニクソン大統領訪中後、米中両国が互いに連絡事務所を開設し、初代在北京アメリカ連絡事務所長は父ブッシュだった。ブッシュの通訳を務めたのは正に楊氏である。2000年、息子ブッシュが大統領に就任すると同時に、楊も在アメリカ大使として着任し、対米関係の最前線で活躍していた。帰国後、外相に就任し対米関係の指揮を執る。実際、息子ブッシュが大統領を務めた8年間、米中関係が最も安定した時期だった。これは「知米派」楊氏の貢献に負うところが多かった。
来年3月、全人代を経て、政治局委員である楊潔?氏は外交主管の副首相に昇格するのは確実となる。「知米派」楊潔?に対する抜擢は、対米関係を中国外交の基軸にする習近平政権の思惑が伺える。
党組織部門のトップ陳希が米スタンフォード大学OB
政治局委員の昇格組に、もう1人の「留美派」がいる。習主席の清華大学時代の同窓で、党組織部長を務める陳希(64歳)氏だ。
1979年清華大学卒業後、習近平氏は軍人となり国防部長の秘書を務めたが、陳氏は清華大の教師となった。1990~92年に陳は訪問学者として米スタンフォード大学に留学。帰国後、清華大学書記、教育部副部長、遼寧省副書記、党組織部筆頭副部長などを歴任。
2017年10月、陳氏は政治局委員に抜擢され、党中央組織部長、中央党校校長などの要職にも就任した。
イデオロギー最高責任者、経済政策部門トップ、外交トップのみならず、党組織部門のトップも「留美派」。習近平の幹部登用は実に大胆不敵だ。
アメリカ留学・勤務組を抜擢する習主席の深謀遠慮
王滬寧をはじめアメリカ留学・勤務組に対する抜擢・登用から、習近平主席の次の2つの思惑が伺える。
第一に、対米外交を中国外交の基軸にし、国際関係ではアメリカを最重視する。
中国にとって、経済成長持続の前提条件は平和的な国際環境の保持であり、特に米中衝突の回避である。習主席は建国100周年にあたる2049年までに「現代化強国実現」という目標を掲げている。この目標を実現するためには、良好的な米中関係を維持し、「ツキジデスの罠」を回避しなければならない。
実際、党大会開催後、権力基盤を固めた習近平主席が最初に迎えた外国元首は正にアメリカのトランプ大統領である。習は超国賓待遇でトランプ大統領を厚遇し、米中トップ同士の信頼構築に成功した。当面、米中衝突の可能性が極めて低いと見ていい。
第二に、王滬寧、劉鶴、楊潔?、陳希などアメリカ留学・勤務組は「知米派」であり、アメリカの強みも弱みも熟知している。彼らの抜擢・登用で、習近平政権はアメリカの成功経験を中国国内改革の参考にし、失敗を反面教師とする。「中所得国の罠」をクリアして先進国入りを果たす習近平氏の強い意志の表れだと見られる。
要するに、アメリカ留学・勤務組の抜擢・登用は、習近平主席が外交と内政の両方から深謀遠慮した結果といえる。その影響は長期的なもので、国内にとどまらず、国際にも及ぼす可能性が高い。