menu

経営者のための最新情報

実務家・専門家
”声””文字”のコラムを毎週更新!

文字の大きさ

マネジメント

故事成語に学ぶ(37) 敵を知り己(おの)れを知らば百戦殆(あや)うからず

指導者たる者かくあるべし

 敵と味方の力量を測る
 『孫子』の中で最も有名な句の一つであろう。
 〈敵情を把握し、味方の力量を知っていれば、何度戦っても危機に陥ることはない〉。「なるほどごもっとも」なのだが、「謀攻篇」に登場するこの句の前後を熟読すると、孫武がこの句に込めた深い洞察が大きな広がりをもって迫ってくる。
 この警句に続いてこうある。
 〈彼を知らずして己れを知らば一勝一負す〉(敵情を把握せずに自己の実情だけを自覚している場合は、あるときは勝ち、またあるときは負ける)。いくら攻めの作戦を綿密に練り、防御策を事前に講じていても、相手の出方が分からないままでは、戦いは勝ち負けが読めない博打(ばくち)となるというわけだ。たまたま勝ったとしても、いずれ危機にはまる。孫武はそんな戦い方をきつく戒めている。
 〈彼を知らず己れを知らざれば、戦うごとに必ず殆うし〉(敵情もわからず、味方の置かれた情況もわからないまま戦いに臨めば、危うい場面の連続となる)。こんな戦いは愚の骨頂だと批判する。
 
 五つの判断基準
 敵情、味方の力量は、何を基準に測ればいいのか。孫武は冒頭にこう書く。
 〈勝ちに五あり〉(戦いの勝ち負けを予測する要点は五つある)と。以下の五原則を敵味方がそれぞれどうであるかを事前に知っておく必要がある。
 ①戦うべき場面と、戦いを避けた方がいい場面を分別しているか。
 ②大兵力と小兵力それぞれの運用の仕方を心得ているか。
 ③組織の上から下まで意思統一ができているか。
 ④敵に知られず戦場に罠を仕掛け、敵が罠にはまるのを待てるか。
 ⑤将軍が有能か、そして君主が現場に余計な干渉をしない組織となっているか。
 
 中国共産党と人民軍の総帥として国共内戦を勝ち抜いた毛沢東は、若いころから『孫子』を熟読していたという。そして、蒋介石軍に対して数では劣勢であったが、この五原則で彼我の力量を測りつつ、「組織の上下一致した決意性」で戦い抜き、蒋介石軍を打ち破って革命戦争に勝利した。
 
 難しいのは自らの客観評価
 経営場面に置き換えるなら、「敵」とは、ライバル社だけではないだろう。把握すべき経済、社会、国際情勢もこの句の「敵」にぴたりとはまるのではないか。顧客、消費者の動向の把握も不可欠だ。勝負にうって出る前に、情報網を張り巡らせて「敵情」をしっかりつかみ、勝算を立ててから戦いに挑むべきだということになる。
 敵情把握については、さまざまなリサーチを駆使することは可能だ。しかし、孫武が言外に説くのは、「敵を知る」ことより、「己れを知る」ことの重要さと難しさだ。
 社内の事情、力量把握をやろうとすると、各部署は、弱点を隠し、「準備万端、抜かりなし」と過大な自己評価をトップに上げてきがちなのだ。
 ましてやトップが自社の力量を買いかぶり戦いに飛び込むようでは勝利はおぼつかない。
 自らの組織を客観的に、等身大で長所も弱点も見ることができるかどうか。これこそがリーダーに求められる資質なのではないか。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『新訂 孫子』金谷治訳注 岩波文庫
『孫子』浅野裕一著 講談社学術文庫

故事成語に学ぶ(36) 百戦百勝は善の善なる者にあらず前のページ

故事成語に学ぶ(38) 守らば則(すなわ)ち余りありて、攻むれば則ち足らず次のページ

関連記事

  1. 危機を乗り越える知恵(15) 核戦争の瀬戸際、キューバ危機

  2. ナンバー2の心得(8) 責任感が組織を動かす

  3. 挑戦の決断(49) 武家の権力掌握(平清盛 下)

最新の経営コラム

  1. 第24回 営業マンに頼ることなく、売上高を確保できている

  2. Vol. 1 ニューヨークのビジネス界におけるトレンド:DEIとブランディングの重要性

  3. 朝礼・会議での「社長の3分間スピーチ」ネタ帳(2024年5月1日号) 

ランキング

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10

新着情報メール

日本経営合理化協会では経営コラムや教材の最新情報をいち早くお届けするメールマガジンを発信しております。ご希望の方は下記よりご登録下さい。

emailメールマガジン登録する

新着情報

  1. 人事・労務

    第35話 賃金制度の正しい運用がもたらす5つの変化
  2. マネジメント

    永続企業の知恵(11) 好況のわな(古河商事の破綻)
  3. マネジメント

    逆転の発想(45) 危機回避のために敵艦隊を歓迎する(日本海軍の決断)
  4. 人間学・古典

    第23話「接待、談合、そして忖度」
  5. 不動産

    第62回 駐車場の適正台数や広さ等は…。
keyboard_arrow_up