日本の食品流通市場は、海外のように一部の大手小売業による寡占化が進まない構造となっている。これは流通革命の競争を通じて、日本だけは食品卸売業が勝ち残ったためである。それゆえ、日本では他の国に例を見ない日本独特の効率的な流通構造が出来上がっているのである。
その結果、日本では多くの家庭から比較的短時間で行ける場所で、あらゆる種類の食品を決して高くはない価格で手に入れることができるのである。その意味において、日本の流通革命の勝者は誰かと問われるならば、消費者という答えが最適なものとなる。
海外流通先進国の状況を見ると、最終的には大手小売業と大手メーカーの優位性が増すことになる。大手小売業の店頭では、一つのカテゴリーで1-2社のナショナルブランド製品と小売業のストアブランド製品が棚の大半を占めることになる。
そして、大手小売業とトップブランドメーカーが利益を享受できる形が出来上がっていることが多い。
それに対して、日本では小売業も大手への寡占化が進まないが、メーカーも大手への寡占化が進みにくい。これは、卸売業が全国津々浦々のメーカー商品をローコストで流通させるためである。たとえば、しょうゆ一つをとっても、一つのスーパーの小さな棚に40種類もあることは、それほど珍しいケースではない。
むしろ、種類の豊富さを売り物にするスーパーでは、70種類のしょうゆが並んでいることもある。
その結果、我が国の食品メーカーで、国内における食品の利益が右肩上がりの企業の社数は限られたものとなっている。むしろ、大手メーカーの多くは、海外に進出して、そこで利益を伸ばしている。時間はかかるが海外の方がブランド化しやすい構造にあることによるものである。
さて、そんな中で、大手食品メーカーでありながら、国内でコンスタントに収益を伸ばしている会社がキユーピーである。同社は言わずと知れた、マヨネーズ・ドレッシングの圧倒的なトップメーカーである。
しかし、そんな同社でも、マヨネーズ・ドレッシングを含むいわゆる加工食品ではほぼこの20年間利益成長していない。下の図の太い実線は同社の単体ベースの営業利益推移を示したものである。1990年代初旬まではコンスタントに増えていたが、それ以降頭打ちになっていることがわかる。
この単体ベースの利益がほぼマヨネーズ・ドレッシングを中心とする加工食品の利益推移を示している。
それに対して、点線で示した子会社利益はこの20年間、右肩上がりで推移している。その結果、細い実線で示した連結営業利益も右肩上がりの推移となっている。
子会社の中身を見ると、タマゴビジネス、中食、生鮮、低温帯の物流会社などとなっている。
マヨネーズの主原料の一つがタマゴであることから同社では、様々なタマゴ加工品を販売している。最もシンプルなものは、タマゴの殻を割って、液卵として販売しているものがある。購入者側から見れば、卵の殻を割る作業が省けるし、同社の衛生的な環境で作る液卵には安心感がある。液卵にも割ったタマゴそのままの全卵以外に、黄身だけ、白身だけという商品もある。
このような付加価値が低い製品以外に、高付加価値のタマゴ製品もある。しばしば、伝説として語られるのが、冷凍の目玉焼きである。目玉焼きを冷凍すると、解凍した時に白身がスカスカになってしまう。同社では独自の冷凍技術で、解凍した時にスカスカにならない目玉焼きを開発した。これが、大手ハンバーガーチェーンの月見バーガーに使われたことは、しばしば語り草になっている。
このほかでは冷凍のスクランブルエッグなども、そう簡単には真似のできない商品である。タマゴビジネスではこのような付加価値製品が順調に拡大している。前年度決算ではこのタマゴビジネスは連結営業利益の4分の1を稼ぐビジネスに育っている。
そのほかで近年注目されているのが、カット野菜である。カット野菜は洗浄した野菜を袋詰めにし、そのまま食べられる形にしたものである。米国では2,000億円ほどの市場がある模様で、わが国でも1,000億円ほどの潜在市場があると見られている。現在の市場は400-500億円であり、同社の売上は小売りベースで200億円強となっており、トップシェアと考えられる。生野菜のブランド化に成功しており、収益性も高いものとなっている。
このように同社の国内食品ビジネスは好調であるが、その背景にあるのが、日本の食品流通構造と自社の強みを熟知していることであろう。
まずは、日本の食品流通構造の最大の特徴は、卸売業の機能が高水準だということである。それゆえ、その機能を徹底的に生かすことがまず必要となる。同社は食品メーカーの中でも加工商品卸売業との関係が最も緊密な1社であり、卸売業とのコラボを多く行っている。
一方で、歴史的な発展経緯から加工食品卸売業の苦手な分野もある。それが、業務用であり、生鮮であり、チルドである。その点に関して、同社は独自で高水準のビジネスを行えるようにしている。
また、それと並行して、同社は同社の強みの深耕にも余念がない。マヨネーズの製造は一切熱をかけないという特徴があり、それゆえ加熱しない状況下のサニタリー技術に秀でている。それが、カット野菜や液卵の製造に行かされている。
また、マヨネーズの製造にタマゴを使うことから、タマゴビジネスを展開しているが、同社は日本で使用されるタマゴの9%を取り扱っており、その面で調達や価格面での優位性が発揮できるのである。
《有賀の眼》
同社の戦略の強みは、市場を徹底的に知ることと、そしてその機能を有効に活用すること、それに加えて己を徹底的に知ることの両面である。この両面を知ることによって、自社の優位性が正しく認識できるのである。決して、一方的な自分本位の思い込みでないところが同社の強みであろう。こんなところは大いに学べるのではないでしょうか。