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ナンバー2の心得(8) 責任感が組織を動かす

指導者たる者かくあるべし

 1986年(昭和61年)11月21日夕、中曽根内閣官房長官の後藤田正晴は、都内の会合出席中に部下から緊急情報を聞いた。

 「噴火した伊豆大島・三原山の溶岩が元町の市街地に迫っている」。後藤田は、「緊急事態だ」と言い残して首相官邸に取って返した。

 官邸に危機対応を集中する「危機管理センター」がなかった時代である。情報は担当省庁が把握し、首相に報告することになっていた。一週間前に突如噴火を始めた三原山の動静掌握と対応は、国土庁(当時)の所管だ。

 後藤田は、国土庁からの報告を待ったが、ナシのつぶてだ。

 「どうなってる。国土庁は何をしている」。後藤田は、同庁に連絡を入れさせたが、「緊急会議中」だという。「対策本部の名称をめぐりもめているそうです」。後藤田は絶句した。島には、住民、観光客を合わせて12,300人が取り残されている。

 「溶岩が海に流れ込めば大規模な水蒸気爆発で住民は全滅だ。彼らの救出を一刻も急げ」

 国土庁を叱っても始まらない。「役所の慣例などどうでもいい。対応は官邸でやる」

 首相・中曽根康弘の裁可を得て官邸主導で救出作戦が始まった。警察庁から出向組の官邸スタッフに命じて、大島周辺にいる海上自衛隊、海上保安庁の艦船、動員可能なフェリーなどを確認し、次々と大島に向かわせた。

 「合わせて甲板に何人収容できるんだ」「現在38隻で、収容1万人」「まだ、足りん」。南極観測に向かい付近にいた観測船「しらせ」にも、救助指令が下った。

 溶岩到着が先か、脱出が先か、事態は一刻を争った。なんとか住民、観光客らを全員に脱出させることに成功する。

 「どこへ向かっている?」「最寄りの伊豆半島です」「東京の竹芝桟橋に向かえ」。

 東京都民である島民を他県に避難させては、その後の行政支援でもめるのである。警察官僚のトップまで努めた後藤田は行政の非効率を知り尽くしていた。

 国土庁の長い会議が終わったのは、この日の午後11時45分。関係省庁の課長たちが会議室を出たころ、救出作戦はほぼ終了していた。

 危機への対応は時間勝負である。組織運用の枠をはみ出した官房長官の対応は、役人的には不穏当であろう。しかし、これを見て「越権だ」と見る読者はいるだろうか。

 トップが決断して、ナンバー2が裁量をふるう。いや、時には、ナンバー2が決断して、トップが全責任を取ることも必要だ。これが危機対応の味噌なのである。

 それができない組織がなんと多いことか。昨今のニュースを見ていて痛感する。

 (この項、次回に続く)

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『重大事件に学ぶ「危機管理」』佐々淳行著 文春文庫
『政治とは何か』後藤田正晴著 講談社

 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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