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挑戦の決断(26) 軍を政治利用した報い(犬養毅)

指導者たる者かくあるべし

 5・15事件
 1932年(昭和7年)5月15日夜、首相官邸を武装した海軍の青年将校と陸軍の士官候補生ら9人が襲撃した。首相の犬養毅(いぬかい・つよし)は官邸客間で銃口を向ける青年将校らに、「そう、騒がんでも静かに話せばわかるじゃないか」と気丈に応対したが、「問答無益、撃て!」の怒号の中で頭部などに二発の銃弾を浴び、まもなく事きれた。
 事件を機に、敗戦まで二度と政党による内閣は組織できず、日本は軍部独裁による暗黒の時代に突入する。
 時代は、前回取り上げた原敬が1918年に立憲政友会(政友会)による初の政党内閣を構成して以来、二大政党のうち多数党が政権を担う民主化の時代が定着したかに見えたが、軍人の放った凶弾の前に政治は無力さを露呈した。「憲政の神様」とうたわれた犬養が凶弾に倒れるには、それなりの理由があった。彼自身の重大な政治決断の過ちが背景にある。
 
 軍縮と軍統帥権
 第一次大戦で戦場とはならず漁夫の利を得た格好の日本だったが、大正デモクラシーの自由な空気の中で、日本は重苦しい雰囲気に包まれていた。1923年(大正12年)には関東大震災で首都東京は壊滅的に破壊され、さらに昭和に入って世界大恐慌が追い討ちをかける。凶作もあって東北農村部の疲弊は激しく、政府の経済対策も三菱などの財閥を太らせただけだとの不満が庶民の間に充満していた。
 そこへ国際社会からの軍縮の圧力である。日本海軍の軍備増強への懸念が欧米から持ち上がる。ワシントン、ロンドンの二次の海軍軍縮会議で軍部は苦境に立たされた。青年将校の間には、政党、財閥を廃して軍部主導の社会改革「昭和維新」が必要であるとの政治機運が高揚する。北一輝(きた・いっき)や頭山満(とうやま・みつる)らが唱える国家主義思想が軍部に浸透してきた。
 1930年のロンドン軍縮会議で日本は、軍艦の保有トン数を英米の7割以下に押し込まれ、政争の末に批准した。
 当時野党の政友会は国際協調、軍縮支持であったが、政友会総裁の犬養は国会で「統帥権干犯」問題を持ち出し、民政党の濱口雄幸(はまぐち・おさち)内閣を激しく糾弾する。海軍も一枚岩でなかったが、反軍縮を唱える海軍軍令部と共闘し、政権打倒に動いたことになる。
 統帥権とは明治憲法下で「軍の統帥権は天皇にのみ属する」と規定され、山県有朋らかつての藩閥勢力がこれを盾に、軍を内閣、国会のコントロールの外に置く論理として利用してきた。民政党はこれに激しく抵抗してきた歴史があるにも関わらず、犬養は政局のためにそのタブーをあえて犯したことになる。
 一年半後、犬養は政権を民政党から奪還し、財政均衡論もあって軍縮の動きを見せる。「言っていることとやることが違う」と、軍部のみならず、国民からも見放された。
 
 政党は一貫性を持てるか
 政権への不満をぶつけるために実行された同時テロ(内大臣官邸、民政党本部、警視庁、三菱本館も襲撃された)としての5・15事件だが、計画はあまりにもずさんだ。その背後勢力もいまだに不明のままだ。
 軍全体がどう関わったのかもわからない。しかし、奇妙なことがある。実行犯たちは、事件後、憲兵司令部に自首しているが、当時の憲兵司令官はこう指示した。
 「彼らを国士として丁重に扱え」
 首相を射殺した犯人たちはその夜、憲兵隊で自由に振る舞い豪華な食事を振る舞われた。事件後、犯人たちの除名運動が国民の間で広がり、ただの一人も死刑になっていない。4年後に起きた2・26事件の処理とは全く違った。青年将校たちの決起への「国民の支持」が背景にある。
 政局のために統帥権干犯と言う危険な花火を弄んだ「憲政の神様」。その後、「統帥権干犯」と言う言葉だけが一人歩きし、軍は議会の干渉排除の決め台詞に使った。
 それから90年近い時が流れた。ミャンマーで起きた民主化つぶしの軍部クーデターにダブって見える。だがそれも遠くの火事ではない。
 この国でも秋までに総選挙が行われる。各党は国政政党として一貫した主張を貫き国民に訴えかけているか。われわれ有権者は投票行動にどれだけの決意と責任を感じているか。民意は正しく政府、国会に届いているか。
 民主主義は常に問われている。国民が正しい判断を放棄すれば、闇の時代はあっという間に訪れる。大正デモクラシーから軍部独裁の時代への流れはそれを示している。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
※参考文献
『日本の近代5 政党から軍部へ』北岡伸一著 中公文庫
『五・一五事件』小山俊樹著 中公新書

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