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- 高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』
- 第26回 酸ヶ湯温泉(青森県) 「混浴」は歴史ある名湯の証し
■廃れつつある混浴文化
混浴の温泉は減少の一途をたどっている。温泉宿の大型化によって浴場の巨大化が進んだことや、混浴の風習を受け入れられない観光客が増えたことなどがおもな原因である。
近年では入浴客(おもに男性)のマナーが目に余るというのも混浴の減少に拍車をかけている。また、保健所の方針によって実質的に混浴の湯船を新設するのがむずかしいという事実もある。
しかし、これは「本物の温泉」を愛する者にとっては悲しい現実だ。なぜなら、混浴の温泉は、99%の確率で湯の質が高い名湯だからだ。そのほとんどが、かけ流しであり、循環濾過などされていない。
混浴の多くは、自然湧出している場所に湯船をつくっただけの野天風呂と、古い歴史を刻んできた湯治場の湯船のどちらかに分けられる。だから、湧きたての良質な温泉に出合える可能性がとても高い。「混浴のある宿=歴史ある名湯」と考えてよいだろう。
そんな宿の代表格のひとつが、十和田八幡平国立公園の北部に位置する酸ヶ湯(すかゆ)温泉(青森県)だ。開湯から300年以上が経つ酸ヶ湯の一軒宿は、木造2階建てで、旅館部と湯治部の建物がつらなっている。今も湯治場の風情が色濃く残っており、長期間滞在する湯治客があとを絶たない。
■160畳の広さを誇る「千人風呂」
酸ヶ湯の名物は「千人風呂」と呼ばれる内湯。総ヒバ造りの浴室は160畳もあり、まるで体育館を思わせる広々とした空間が広がっている。50人以上が入浴していても湯船が巨大だから、あまり混雑しているという印象を受けない。
最大の特徴は「混浴」であること。女性専用の時間帯も一部設定されているが、それ以外の時間は老若男女が和気あいあいと湯浴みを楽しむのが開湯以来の伝統である。日本の温泉の原風景が、今も酸ヶ湯には残っているのだ。
混浴に対する女性客の苦情を受けた酸ヶ湯温泉も一時期、千人風呂に間仕切りを設置したことがあったが、旅館側と常連客の「日本の伝統文化である混浴を守りたい」という思いから、今では撤去されている。
その代わり、湯船の中央部に目印があり、そこで男女が入浴するスペースが仕切られている。つまり、目に見えないラインによって、男はこちら、女はあちらと分けられているのだ。完全な混浴でないのは残念だが、混浴文化が廃れてしまうよりは、ずっとましである。
■乳白色の湯は足元湧出泉
浴室内には、大小5つの湯船があるが、もっとも人気があるのが湯船の底から直接温泉が湧き出している「熱の湯」。同時に30人くらいは入れそうな大きな湯船が、湧きたての新鮮な湯で満たされている。
乳白色の濁り湯は、見た目にも美しい。浴舎や湯船に使われているヒバの木のこげ茶色とのコントラストも見事だ。湯船から白濁した湯があふれ出ていく光景を見ているだけでも心身が癒される。
強烈な硫黄の香りを放つ湯は、酸性硫黄泉。ピリリとした刺激に襲われる。湯を舐めると、「酸ヶ湯」の名のとおり、酢のような酸っぱさだ。
それほど高温の湯ではないが、すぐに額から汗が噴き出し、体中がポカポカと火照りだす。泉質が濃いうえに、湯が新鮮だからだろう。5分以上浸かっていられないほどだが、すぐに体が温まるのは名湯の証拠である。
湯船で他の入浴客と一緒になると、初対面でも会話が弾むものである。混浴も最初は緊張したり、気を遣ったりするものだが、「こんにちは」とあいさつを交わせば、そんな緊張もパッと解けることも多い。
良質の湯に浸かってお互いに気分が良いからだろうか。裸になってしまえば年齢も肩書きも関係なく、一人の生身の人間として向き合えるからだろうか。いずれにしても、日本の温泉の魅力のひとつである混浴文化が、長く後世に引き継がれることを切に願う。