menu

経営者のための最新情報

実務家・専門家
”声””文字”のコラムを毎週更新!

文字の大きさ

マネジメント

交渉力を備えよ(13) 要求の優先順位を読まれる

指導者たる者かくあるべし

  交渉においては何を要求として提示し、どこまで獲得してよしと
 して妥協するかが重要だ。そして落としどころを悟られてはならな
 い。
 
 日露戦争後のポーツマス講和会議で、日本側の要求は、12か条に及ぶ詳細なものだったが、要約すればおよそ次の順序だった。
 
  1.韓国の保護国化承認とそれに対する不干渉
 
  2.ロシアの満州からの撤兵
 
  3.サハリン(樺太)の日本への割譲
 
  4.ロシアは遼東半島の租借権とハルピン―旅順間の鉄道を日本 に譲渡
 
  5.ロシアは戦費を日本に払い戻す
 
  6.極東におけるロシア海軍力の制限
 
 日本全権の小村寿太郎は、ロシア側に、それぞれの条項について答えるように求めた。
 
 各項目は、ほぼ事前に日本本国から指示された内容だが、1と2については、「絶対的必要条件」であり、サハリン割譲と戦費の賠償は、「比較的必要条件」とされていた。
 
 日本政府としては、領土、賠償で交渉が暗礁に乗り上げ長期戦化することだけは避けたかった。
 
 仲介役のルーズベルトは会談前に「今が講和の時だ」と小村を説得し、戦費賠償について「戦費払い戻し」と表現を和らげさせ、ウラジオストクの武装解除の項目を削らせる。
 
 小村の強硬姿勢を知る日本政府首脳は、交渉決裂を懸念し、「談判不調の場合もその場で決裂せず訓令を仰げ」と釘をさしていた。
 
 しかし小村は、比較的必要条件のうち、サハリン割譲を要求の上位に潜り込ませる。
 
 日本側の要求を見たロシア全権のウイッテには、交渉の成り行きを予測できた。賠償要求がサハリン割譲より後退していることから、日本側の賠償へのこだわりは弱いと見てとったのだ。
 
 小村がサハリン要求の優先度を上げたことで、かえって交渉の手の内をさらしてしまった。本音での落とし所が最初から見えては交渉にならない。
 
 ウイッテは交渉経過について回想録でこう書く。
 
 「私があまり横柄な態度で議論するので、ある時、小村全権は私に向かって『貴下はいつでも戦勝者のような口調でものを言う』と言った。私は『(今回の戦争では)今日の段階で、戦勝者などはない。だから戦敗者のありうる道理もない』と答えた」
 
 「自分たちから講和を望むような態度は見せない」という姿勢を貫く。
 
 小村のいら立ちが透けて見える。
 
 交渉の主導権は完全にロシア側に握られた。  (この項、次回に続く)
 
 
 ※参考文献
 
『『小村外交史 下』外務省編纂 日本外交文書頒布会
『全譯ウイッテ伯回想記』大竹博吉監修 ロシア問題研究所
『日露戦争史』横手慎二著 中公新書
『小村寿太郎とその時代』岡崎久彦著 PHP文庫
『日露戦争勝利のあとの誤算』黒岩比佐子著 文春新書
 
 
  ※当連載のご感想・ご意見はこちらへ↓
  著者/宇惠一郎 ueichi@nifty.com 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交渉力を備えよ(12) ロシアの術中にはまる小村寿太郎前のページ

交渉力を備えよ(14) 小村寿太郎の賠償へのこだわりとルーズベルトの苛立ち次のページ

関連記事

  1. 後継の才を見抜く(8) 本田宗一郎の引き際

  2. 人の心を取り込む術(2) 赦すことが生み出す力(魯の荘公、斉の管仲)

  3. 情報を制するものが勝利を手にする(13)
    交渉の潮目を読む

最新の経営コラム

  1. 入学、就職、起業、昇進…お祝いの手紙には何を書けば良いのか?

  2. 第33回 直近3年の新商品や新規取引先の売上高が10%を維持している

  3. 第91話 その町工場はなぜシェアトップか?

ランキング

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10

新着情報メール

日本経営合理化協会では経営コラムや教材の最新情報をいち早くお届けするメールマガジンを発信しております。ご希望の方は下記よりご登録下さい。

emailメールマガジン登録する

新着情報

  1. 社員教育・営業

    第63回 「コールセンターでの電話応対の基本」 応用編 シリーズの終わりに
  2. 採用・法律

    第140回 民事訴訟における住所氏名等の秘匿制度
  3. 税務・会計

    第17回 管理者が感情で動かず、カネ勘定で動いている
  4. 戦略・戦術

    第254号 291兆170億円
  5. マネジメント

    第81回 『同じ会社で、違う道を拓く』
keyboard_arrow_up