■温泉の街「諏訪」
長野県の諏訪といえば、諏訪湖と諏訪大社のイメージが強いかもしれないが、日本屈指の温泉天国でもある。諏訪の温泉は、諏訪湖の北側に位置する「下諏訪温泉」と東側に位置する「上諏訪温泉」に大きく分けられるが、この一帯には大小さまざまな温泉旅館のほか、共同浴場が80カ所近く存在する。
また、高速道路のサービスエリアや駅のホーム、学校、ラブホテルなどにも温泉が引かれており、「マイ温泉」を所有する個人宅も少なくない。とにかく、湯量が豊富なのだ。そのほか、日本一高く噴き上がる間欠泉や、1928年に建てられた洋風建築が美しい「片倉館」という温泉入浴施設など見どころも多い。
温泉好きにとっては、まさに聖地とも言うべきスポットであるが、諏訪のシンボルである諏訪大社もまた、多くの観光客に愛されている。
日本でもっとも古い神社のひとつとされる諏訪大社は、諏訪湖周辺に4つの境内をもつ。秋宮と春宮からなる「下社」は下諏訪周辺に、本宮と前宮からなる「上社」は諏訪湖の南に位置する。
■地元の人が通う小さな共同浴場
そのひとつ、「上社」の本宮を訪ねた。鳥居をくぐると、お決まりの手水舎(参拝する前に手や口をすすいで身を清める場所)が目に入る。ところが、そのわきに、もうひとつ水が注がれる手水舎があるのを発見。近づいてみると湯気が立っている。もしかして……。
湯に触れると、「アチッ!」と思わず声が出てしまうほどの高温泉だった。「明神湯」と名づけられた温泉で、大昔から神様が愛用する湯とされ、諏訪の温泉の基であると伝わるとか。
本宮を参拝したあとは、徒歩5分ほどの距離にある「宮の湯」という共同浴場へ。観光客はほとんど立ち寄らず、地元の人が自宅の風呂代わりに利用しているような素朴な温泉だ。
昔ながらの番台に立つ女性に料金を支払うと、「今日はまだ誰も入っていないから熱いよ。でも、かけ湯をたくさんすれば大丈夫」とのこと。一番風呂とはツイている。
こぢんまりとした浴室の奥には、4人ほどでいっぱいになりそうな小さな湯船。無色透明のアツアツ湯がかけ流しにされている。鮮度もよさそうだ。
実は、この湯は上社本宮の手水の湯と同じ源泉を利用しているとのこと。神様も浸かった湯に体を沈められるとは! これ以上ぜいたくなことはない。体がしびれるほどの熱い湯に浸かっていると、身も心も清められていくような気分になる。
■28℃の冷泉と交互浴
しばらくすると、常連らしきおじいさんが入ってきた。毎日のように通っているという。「あっちの小さな湯船には入ったか? 気持ちいいぞ」。どうやら浴室の手前にある小さな湯船のことを言っているらしい。 1人で入るのも窮屈そうなサイズなので、てっきりかけ湯用だと思っていたが、これも浸かれるのだという。しかも、メインの浴槽とは別の独自の源泉らしい。
28℃の冷泉なので、最初はかなり冷たく感じるが、熱い湯に浸かったあとなので、なれてしまえば極楽の湯加減。熱い湯船と冷たい湯船を何度も行き来するのがクセになってしまうほどの気持ちよさだ。
「冷泉は飲んでも効くんだ。オレは毎日飲んでいるから、何十年も風邪ひとつ引いていない。おかげで100歳まで生きられそうだ」とおじいさんは力強く語ってくれた。硫黄の香りが漂い、たまごのような味のする湯は、冷たいのでゴクゴク飲める。うまい!
神様が愛した湯に浸かりながら温泉を飲んでいると、なんだか筆者も100歳まで生きられるのではないかと、妙な自信がむくむくと湧いてきた。