こんにちは!1位づくり戦略コンサルタントの佐藤 元相です。
令和6年に発生した能登半島地震の際、テレビニュースで放映された被災地の映像は、心を痛めるものでした。
この状況を受けて、私は復興支援のためのセミナーを企画することを考え、ランチェスターマネジメント金沢の代表である小嶋氏に提案しました。セミナー企画を相談している中、被災地でも社会問題の解決に取り組み、前向きに事業を展開する企業があることを知り、大きな希望を感じました。
被災地で革新的な取り組みをしているエンパワー・サポート株式会社を運営する高井新司社長の事例を紹介しましょう。
高井社長は、繊維業の商社を15年前に引き継ぎましたが、当時は7000万円の債務超過に直面していました。
事業を承継し、新たに人材派遣や人材紹介業の事業を立ち上げました。当時は、事務職や小売り販売業、製造業など、いろんな業種に人材を派遣していました。
しかし、しばらくすると、日本経済はリーマンショックに突入し、毎日のようにクライアントから契約を終了したいと連絡が入る。雇用を守ってほしいと交渉するが、契約期間の満了までを維持するのが精一杯でした。社員は次々と会社を離れていきました。
最後に残ったのは1人の社員と大きな借金だけ。厳しい状況に直面し、事業の存亡の危機を迎えていました。
社会の役に立っていない。事業に価値がない。事業をゼロから考え直さなければならない。どうすれば社会に価値が提供できるのか?
この状況を根本から見直すことになりました。
社会に価値を提供する事業とは何か、この問いを自問自答する中で彼は、当時、派遣の登録に来てくれた女性から「子どもが小さいから、なかなか仕事につけない」と相談を受けました。こうした声の出る社会環境に違和感を覚えたと言います。
そして、たまたま訪問した先の保育園で「産休に入る人材の代わりが見つからないから探してくれないか?」と園長から相談を受けました。
産休に入る保育士の変わりを務める人材を手配できれば、お休みに入る保育士が安心して産休、育休をとることができる。
また、保育園に安定して人材を派遣することで女性の働く機会が増える。これなら社会の役に立てると高井社長は手応えを感じていました。
そこで事業を保育士専門の人材派遣や職業紹介業に絞り込みました。業界を絞ると、その業界特有の課題が見えてきます。客層を絞り込むからこそ見えてくる。
たとえば、
・保育現場の職員不足の常態化していること。
・園児を虐待したりする行為や子どもの成長に悪い保育士の行動など、不適切保育の現場が少なくないこと。
・保育士の給与は他の職業と比べて低いこと。
・子どもを守りながら教育するという責任重大で精神的にも肉体的にも大変な仕事であること。
これらのことから、保育士として働こうとする人が減っている現状など。
そこで彼は「ちょこっとほいく」というシステムの開発に着手しました。保育士と保育施設を1日単位の雇用で結びつけることができる画期的なサービスです。
このシステムでは、保育士の資格は持っているが、現在保育の仕事をしていない潜在的な人材を掘り起こし、働く機会を提供することが可能になります。
特に大手の人材紹介では、紹介料が相場で1人あたり70万円から80万円かかります。そうカンタンに採用を依頼できるものではありませんでした。「ちょこっとほいく」のシステムを使って1日単位の勤務で繋がった職員を直接雇用に切り替えても、紹介料が発生しないためこれらの採用コストを無くすことができると、現場からは高い評価を得ています。
さらに、保育士を目指す学生にインターンシップ制度としてちょこっとほいくを活用してもらうことで、学生たちが実際の保育園で働き経験を積むことができます。現場での体験を通じ保育の魅力を伝えることで、この園で長く働きたいというニーズも出ています。
インターンシップ制度として学生がちょこっとほいくを活用することで、ミスマッチによる早期離職者を軽減する効果が出始めました。「ちょこっとほいく」は、保育士と保育施設のマッチングを効率化し、登録者数は順調に伸びて、大きな期待を集めていました。
しかし、その後、コロナウイルスの影響で事業は再び危機に瀕しました。緊急事態宣言が発令され、「人の動き」が制限されました。1ヶ月の売上げは、わずか7.000円程度にまで落ち込みました。「ちょこっとほいく」のシステムに、2000万円もの投資を費やしていました。彼は、事業の未来に不安を感じざるを得ませんでした。
やがて、コロナウイルスの分類が変更され、社会が少しずつ日常を取り戻し始める中、令和6年能登半島で地震が発生しました。
地震による被害を受けた地域の家族は、まず命を守るために一次避難を余儀なくされます。その後、安全が確保されると、復興が進むまでの期間、二次避難が行われます。そこに新しいニーズが存在することを高井社長は知りました。
避難しているご家族から、「子どもたちを預ける場所がない」という声が上がっていました。現場では、保育園の受け入れも難しい状況でした。
この問題に対して、認定NPO法人のカタリバさんから連絡がありました。「保育士を集め、子どもの一時預かりができる場を創ってほしい」という要望でした。高井社長は「ちょこっとほいく」のシステムが役立つと考え、無償でシステムの提供をしました。
メディアにも『避難者託児アプリで救う「ちょこっとほいく」金沢の現場と保育士をつなぐ』と取り上げられることで、認知度が飛躍的に向上しました。さらにSNSで情報が拡散されました。「何かしたいけど、何もできない」と感じていた保育士からは、多くの問い合わせが寄せられました。
保育士不足は社会的な問題として存在していますが、「ちょこっとほいく」のシステムは解決に向けた大きな可能性を秘めています。震災による避難所での一時的な保育サービスの提供など、社会的な価値を再認識することができました。このシステムは業界を支えるインフラになるでしょう。
高井社長は、「将来的にはNPOや行政とのコラボレーションを通じて、このシステムをさらに発展させる可能性がある」と話しています。
まとめ
ランチェスター弱者の戦略では、顧客の絞り込み、顧客との関係強化、資源の集中と選択で競争の激しい市場での生き残りを実現します。高井社長は、保育園との関係を深め、地元での評判を向上させるために現場の声を熱心に集めてきました。利用者に直接話を聴き新たなニーズを発見するプロセスが、変化が激しい市場での生き残りや成長に欠かせない手法となっています。
時には困難な状況に直面することもありますが、社会課題解決に価値を提供する事業を見つけ、一歩一歩進むことで、成功への道を切り開くことができる良い事例です。