今第1四半期決算が決定的なターニングポイントになった可能性
2021年2月期第1四半期決算は31.3%増収、68.7%営業増益と想定を大きく上回る増収増益となった。この背景は、コロナによるリモートワークの定着や学校休校によって電子書籍の販売が大幅に増えたことと、販管費抑制が順調に進んでいることによるものである。
この大きな伸びは大手出版社のプロモーションでこれまで伸びていた電子コミックがさらに伸びたことに加え、いよいよ同社が望むところのテキスト、つまり文字ものの電子書籍市場の伸びが高まってきたことがある。日本の電子書籍市場はコミックが80%以上を占め、これまではコミックが市場拡大をけん引してきた。しかし、直近ではテキストも伸び始め、有名な作家も電子化に積極的になってきたようである。また、子供向けのライトノベルでも電子化が進んでいる。
電子書籍の先進国の米国の市場は6,000億円以上と見られている。それに対して、日本の市場は3,072億円(2019年、出版科学研究所調べ、以下同じ)であるので、ほぼ人口比例という見方もできる。しかし、実は中身が全く異なっている。日本市場は電子書籍の84%がコミックである。それに対して、米国ではそのほとんどがテキストとなっている。
そもそもなぜここまで大きな差ができてしまったのであろうか。実は日本でも電子書籍を使い始めると元には戻れないという人が多い。しかし、その入り口段階で、日本ではこれまで電子ブックで読めるテキストの電子版が少なかったことがある。この理由は日本語のテキストでは電子化するコストが英語に比較して格段に高いことである。これは意外な盲点であるが、英語はアルファベットのみであるが、日本語はひらがな、漢字があり、文字表記のルールがかなり複雑である。
つまり、テキストはスキャンした文字を電子化してそこから書籍化する必要があることによる。一方、マンガは紙の書籍をそのままスキャンしてほぼ完成するため、1,000円で電子化できるようである。テキストの場合、電子化には25,000円から100,000円かかると同社では述べている。現状ではコストがかかる上、電子ブックが普及していないため、売れないので、出版社が出し渋っていたということである。
しかし、今回のコロナをきっかけに多くの出版社がテキストの電子化に踏み切ったところ、飛ぶように売れたため、出版業界の雰囲気が変わった模様である。特に消費者がコロナによって紙の本を買いたくないと考え始めていること。また、デジタル教育の進展で、若い人が学校で電子ブックを使うことに慣れ、大人になっても使う習慣が継続することもある。
米国においてはすでに紙と電子を合わせたテキスト市場の30%ほどが電子となっている。一方、日本では2,593億円の電子コミックは紙と電子を合わせた市場の60.9%を占める。しかし、電子テキストの市場はわずか349億円であり、紙と電子を合わせた市場のわずか5.1%に過ぎない。なお、このほか雑誌の電子は130億円で3.0%となっている。
直近では実際に、有名作家の電子化へのスタンスも出版社ともども様変わりとなり始めたようで、東野圭吾作品の7タイトル(合計累計部数1,288万部)や湊かなえ作品(累計360万部超の「告白」など)が初めて電子化されるなど、テキストの電子書籍市場を取り巻く環境が急速に変化してきた模様である。
同社のテキストの売上はほぼアマゾン向けである。要は我が国のテキストの電子書籍市場は同社とアマゾンで寡占状態にある。アマゾンはコミックに関しては大手電子書店同様、大手出版社とは直接取引であるが、テキストはすべて同社経由となっている。アマゾン向けの売上は同社のトップの売上構成比を占め、推定25-35%あると考えられる。
同社のこのところの売上増は大手出版社による電子コミックのキャンペーンにけん引されたものであった。しかし、同社サイドから見ると、この大手出版社のコミックは最も原価率(イコール版権率)が高い商品である。その結果粗利率が急速に低下していた。しかし、販管費は固定的な費用が多いため、利益は大幅に増えていたが前年度の下期に関しては先行投資的な費用増もあって、営業利益の伸びには急ブレーキがかかっていた。
一方、同社のアマゾン向けのテキストは同社の中で粗利率が高い部類となる。これは大小含めて1,500社の出版社を束ねているのが同社であり、コミックに比較して圧倒的に中小出版社の構成比が高いためである。そもそも日本では、大手出版社はマンガで成功して、大手出版社となったものであることから考えれば当然と言えよう。
同社の粗利率の前年同期比はこのところ特に大手出版社のコミックの伸びの高まりによって大幅な低下傾向にあった。粗利率の前年同期比を見ると前年度の第3四半期に1.3%pt低下し、第4四半期は1.6%pt低下したが、今第1四半期はさらに大手のコミックは伸びたが粗利率の低下幅は0.9%ptにとどまった。その結果、粗利額自体の伸びが前年度第3の10.6%増、第4の6.6%増から一気に今第1には20.3%増と高まり、営業利益が大幅増となった。もちろん、この背景にはコロナによる巣ごもり消費の一時的要因もあるが、一方でテキストの構成比が上がり始めたことが、第1四半期の粗利率の低下ピッチに歯止めがかかったことのもう一つの主たる要因である。
これまでの同社の成長は主に電子コミック市場の拡大によるものであった。その電子コミック市場はこの7年間年率24.5%で成長し、すでにコミックの60%が電子化されている。特に漫画村問題が解決した2018年は30%増と高成長しており、さらに直近はコロナもあってやはり30%の成長となっている。
しかし、ここに来てコミック市場よりさらに規模が大きいテキスト市場の電子化が急速に進む可能性が出てきたことから、むしろ先々ではさらに同社の増収率が高まる可能性が考えられる。まさに向かうところ敵なしの勢いである。
有賀の眼
同社はまずはこれまで同様に電子書籍卸としての主要業務での飛躍が見込まれるものであるが、水面下では出版市場の構造そのものに影響を与えそうな施策を様々に打っている。
そのうちの一つが、この秋に同社が新たな電子書籍の取引システムを業界に提案することである。同社ではブロックチェーンを用いた新たな電子書籍取引の仕組みすでに開発しており、それを業界の共通のシステムとして提供するものである。最もわかりやすい付加価値は、電子書籍にも紙の本と同じような所有の概念を付け加えるものである。
これまでの電子書籍はあくまで読む権利の取引であった。そのため、購入した書店が倒産すると、過去に買った本が読めなくなるのである。また、読み終えたからと言って、紙の本のように古本として誰かに売ることはできなかった。しかし、ブロックチェーン技術を用いることでそれを可能とした。つまり、電子書籍の欠点の一つを解消する技術である。
実はこの技術は書籍だけではなく、音楽や映像など電子化可能な他のコンテンツにも応用が可能である。まずは、今秋に出版業界に提案して定着すれば、その後他の業界にも広く普及させてゆくことが可能である。まさに、同社の領域を電子書籍卸から一気に広げる可能性を秘めた技術と言えよう。