■日本一長い路線バス
奈良県南部に位置する十津川(とつかわ)温泉郷は、日本一面積が広い村として知られる十津川村に湧く。同温泉は、アクセスが簡単ではないことでも有名だ。村には電車が通っていないため、公共交通機関の場合、路線バスでアクセスすることになるが、奈良県の近鉄八木駅からは約4時間、和歌山県のJR新宮駅からは約2時間半の長旅となる。同区間は、日本一長い路線バスである。
十津川村は、パワースポットとして紹介されることも多い。村の96%を森林が占めるという自然あふれる仙境の地には、世界遺産である熊野古道が通っており、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の奥の院「玉置神社」もある。紀元前33年創建と伝えられ、境内には樹齢3000年の神代杉など、神々しいパワーをいただけるスポットが点在する。
山、渓流、滝、ダム湖などの大自然が魅力だが、温泉も自然の恵みのひとつ。十津川温泉郷は、村南部に位置する「十津川温泉」「上湯(かみゆ)温泉」と、村の中心に位置する「湯泉地(とうせんじ)温泉」の3つの温泉地で構成される。温泉宿は10軒ほどで、まさに山間の秘湯といった雰囲気の温泉地である。
■日本初「源泉かけ流し宣言」
十津川温泉郷は、2004年、日本で初めて「源泉かけ流し宣言」を行った温泉地として温泉ファンの心をつかんできた。源泉かけ流し宣言は、すべての温泉施設が源泉かけ流しで湯を提供している温泉地のみが資格をもち、全国で10カ所ほどの温泉地が宣言している。
源泉かけ流しとは、湯船に新しく注がれた分の湯が湯船の外へそのままあふれていくこと。要は、循環ろ過装置を使って、湯を使い回さない湯船のことである。源泉かけ流しでなければ、生きた本物の温泉を肌で感じられないのだ。
2004年は、白骨温泉(長野県)などで温泉偽装事件が発生するなど、温泉に対する信頼が大きく揺らいだ年だった。また、全国各地でかけ流しの湯船が、管理のしやすい循環ろ過の湯船へと変わっていくのが世の中の流れでもあった。
そんな中、堂々と源泉かけ流しを宣言したのが十津川温泉郷。それ以降、本物志向の温泉が見直されるようになり、源泉かけ流しの湯船が減少するトレンドに歯止めがかかった。そういう意味でも、十津川温泉郷は「温泉の聖地」である。
■滝が見える絶景露天
十津川温泉郷の3つの温泉は微妙に泉質が異なるが、いちばんのお気に入りは、甘い硫化水素の香りを放つ湯泉地温泉。歴史は古く、1581年に織田信長の家臣・佐久間信盛が訪れたといわれている。
湯泉地温泉にある2つの公衆浴場はどちらもおすすめ。村の銭湯といった雰囲気の「泉湯」は、木造のコンパクトな湯小屋。4人くらいで一杯になりそうな内湯には、透明の硫黄泉が源泉かけ流しにされている。ツルツルスベスベとした感触が特徴で、肌にもやさしい。
奥には開放感あふれる露天風呂もあり、10人くらいは入れそうだ。観光客がふらっと立ち寄っても、十分にくつろげるだろう。
もうひとつの公衆浴場は、2009年にリニューアルオープンした「滝の湯」。もともと旅館だった建物を改装したこともあり、十津川村の木材がふんだんに使われた館内は広くて清潔感がある。
元旅館だけあって浴室は広々としており、公衆浴場というよりも旅館の浴場といった雰囲気。内湯には10人近くは入れるだろうか。こちらもまた、ゆでたまごのような香りがプーンと漂うやさしい湯である。
階段を30段ほど降りた谷間にある露天風呂は、「滝の湯」の名前の由来となった「滝が見える湯船」である。残念ながら、湯船に浸かると滝は見えなくなってしまうが、滝の流れ落ちる音が心地よい。森林浴をしながら湯船に浸かっていると、滝の音が子守唄になり、思わず眠りに落ちそうになった。