■日本百名山「岩木山」
日本全国を旅するなかで、さまざまな山の風景と出合ってきた。富士山は別格としても、日本各地に思わず手を合わせて拝みたくなるような名峰がたくさんあることに、あらためて気づかされた。なかでも、強く印象に残っているのが、青森県津軽平野にそびえる岩木山だ。
青森県の最高峰である岩木山は、津軽平野のどの位置からでも望むことができ、まさに津軽のシンボル的存在だ。とりわけ印象的なのが、円錐形の美しいフォルム。独立峰で山裾から山頂まで一望できるので、1625メートルの標高以上に迫力を感じる。その姿が富士山を彷彿とさせるため、地元では「津軽富士」の愛称で親しまれているという。
津軽平野や岩木山周辺には数多くの温泉が湧いているため、岩木山のまわりをぐるぐると回ったことがあるが、岩木山が雲に隠れることなくはっきりと見えると、晴れ晴れとした気持ちになり、「よし、今日もいい温泉にたくさん入るぞ!」とみるみるパワーがみなぎってきたのだった。古来、津軽で暮らす人々もまた、岩木山から生きる力をいただいてきたことは想像にかたくない。
■神々しさを感じるほどの湯量
そんな岩木山を御神体とするのが山の南東麓にある岩木山神社だ。五穀豊穣や家内安全などさまざまなご利益をもつ神社として地元の人からも崇められてきた。
圧巻なのは神社の入り口にある駐車場からの眺め。鳥居から楼門、拝殿、本殿へと向かって一直線に参道がのびているのだが、その先には神社の御神体でもある岩木山がデーンと鎮座している。岩木山が御神体として祀られているのが一目瞭然の配置だ。
ここから見える岩木山は、山頂の両脇に少し低い頂があるので、ちょうど漢字の「山」の字のように見える。「山」という象形文字は岩木山をモデルにしたのではないか、と思うほど。筆者にとって、岩木山神社から眺める岩木山がいちばんのお気に入りだ。
そんな岩木山神社に隣接するのが百沢温泉である。火山である岩木山の熱のパワーを全身で受けることができる。
数軒の温泉旅館が存在するが、地元の人が銭湯代わりに利用している日帰り温泉施設「百沢温泉」の温泉パワーには度肝を抜かれる。けっしてキレイとはいえない年季の入った湯船には、黄色をおびた濁り湯がザバザバと投入され、勢いよく湯船から湯があふれていく。
10人入れば一杯になる小さな湯船なので、「投入された湯がそのままあふれていってしまうのではないか」と心配になるほど湯量が豊富なのだ。ドカドカとかけ流される湯の音に耳を澄まし、浴室がまるで洪水状態になるほど湯が大量にあふれていく様を見ていると、それだけで癒される気分になる。神々しささえ感じるほどだ。
■五感を刺激する濃厚な湯
「小さな湯船に大量の温泉をかけ流す」。これほど贅沢なことはない。しかし、全国の多くの温泉施設では、そもそも湧出量が少なかったり、集客力を増やすねらいで湯船を大きくしすぎてしまったために、湯を循環濾過させているのが現状だ。
かけ流しを守っている温泉施設でも、百沢温泉のような豪快な湯船には、なかなかお目にかかれない。温泉の源である岩木山のパワーと、無理に湯船を大きくしない経営者のセンスに大感謝である。
温泉そのものもすばらしい。46℃の源泉は、鉄と塩と炭酸が混ざったような複雑な風味で、その濃厚さが五感すべてから伝わる。こんなすばらしい湯に浸かったら、循環濾過している湯船では満足しなくなってしまうだろう。
帰り際、宿のスタッフから声をかけられた。「こんなに岩木山がキレイに見えるのはめずらしいですよ」。窓の外を見ると、雲ひとつかかっていない岩木山が鎮座していた。あまりの神々しさに心を打たれ、思わず手を合わせてしまった。「すばらしい温泉を与えてくださり、ありがとうございます」。