商社に入社したFさんは、目指す海外勤務の第一希望地に、南米の「チリ」と書いた。
普通は、アメリカへの赴任が商社マンの王道と考えるかもしれない。だが、あまり知られていないが、チリは銅、鉄鉱石など、豊かな鉱物資源をもち、日本との貿易取引は盛んな国だ。しかし、支社の規模は、アメリカ支社の数十分の一にすぎない。
Fさんは「だからいい」と、考えたのだ。
大所帯のアメリカ支社などに赴任すれば、若造の自分は下積みだ。小規模な支社なら、輸出入実務でも、すぐに手掛けることができるはずだ。
さらに、チリの公用語はスペイン語だ。大手商社に、英語の達人は多いが、スペイン語となると、使いこなせる人間は少ない。そのうえ、スペイン語人口は世界的には多い。つまり、チリ以外でも広く役に立つ。
こうしてFさんは、チリの支社に8年間勤務した。その後、いったん日本の本社に戻ったが、現在では、アメリカ支社で責任のあるポストに就いている。
予想したとおり、小さな支社ではすぐに実務を任され、貿易の腕がみるみる磨かれた。言葉のマスターも計算どおりだった。スペイン語を覚えると、同じラテン系のイタリア語、フランス語もほぼ使いこなせるようになった。
Fさんは、英語も話せる。大学では、ドイツ語専攻だった。つまりは、欧米系の主要な言語に、ほぼ不自由しないまでになったのだ。
さらに、小さな支社では、会社の上層部が訪ねてきたとき、新米スタッフが空港からホテルへの送迎などの随行役を務めることになる。
Fさんは、入社数年で、本社の幹部クラスと接する機会を多く得ることができた。今のアメリカ勤務は、そういう人脈が有形無形にサポートしてくれた結果だという。
人のいく裏に道あり花の山、と云う株式投資の格言もある。こんなふうに、人と少し違う動きをして、組織内で注目される存在になる道もあるのだ。