■共同浴場が健在の温泉地
蔵王温泉は、蔵王連峰の西麓、標高880メートルに位置する山あいの温泉地だ。1950年に蔵王温泉と改称するまでは、「高湯温泉」と呼ばれ、現在も福島県の高湯温泉、山形県の白布温泉とともに、「奥州三高湯」のひとつに数えられる。
蔵王温泉というと、スキーなどが盛んな山岳リゾートのイメージが強いかもしれない。しかし、温泉街の中心を歩いてみると、そこは湯街そのもの。温泉街の中心を流れる酢川に沿って数十軒の旅館や土産物屋が所狭しと立ち並んでいる。強烈に漂う硫黄の香りが温泉情緒をかき立ててくれる。
私は、温泉地の良し悪しを見極める際、共同浴場があるかどうかを基準のひとつとしている。昔ながらの共同浴場が残る温泉地は、湯の質を大事に守り続けている傾向があるからだ。商売を優先してしまう温泉地は、利益に直結しない小さな共同浴場をつぶして、大きな入浴施設や観光施設をつくってしまうケースがある。 蔵王温泉には、現在も無人の共同浴場が存在する。「上湯」「下湯」「川原湯」の3湯が、徒歩数分の圏内に集中し、200円という安価で観光客も気軽に利用できる。リゾート地でありながらも、共同浴場を大事にする。そんなバランス感覚が、蔵王温泉の温泉情緒と湯の質を守っているのではないだろうか。
■火災から復活した名湯
湯量豊富な蔵王温泉は、どこの温泉施設に入ってもハズレはなく、ほとんどが源泉かけ流しである。だが、「すのこの湯かわらや」という日帰り温泉施設の湯は、蔵王の他の温泉とは一線を画す。実は、もともと「かわらや旅館」の名で営業する温泉宿だった。湯船の底から温泉が湧き出す足元湧出泉の浴室をもつことでも知られ、いつかは私もゆっくりと宿泊して入浴したいと思っていた。
しかし、2010年3月に同旅館で火災が発生。死者やけが人こそ出なかったが、建物は全焼してしまった。「かわらや旅館の足元湧出泉に浸かりたい」という願いは潰えたかと思われた。
ところが、日帰り入浴施設としてリニューアルオープン。新しくなった建物は、旅館時代よりもコンパクトで宿泊も受け付けていない。それでも、浴室は火事で燃える前と同じ場所に設けられた。すべて檜でつくられた浴室は、木のぬくもりがあふれる居心地のよい空間。なんと釘は一本も使っていない。旅館時代の写真と見比べると、湯船の位置関係や大きさは変わっていないようだ。
湯船は3~4人入るのが精いっぱいの小さなサイズだが、ミルク色の白濁湯がザバザバと湯船からあふれ出していくのを見れば、むしろ小さいほうがいいと思ってしまう。
■湯船の底から湧く「足元湧出泉」
源泉もそのまま。通常の足元湧出泉は、湯船に開けられた穴や割れ目から源泉が湧き出してくるケースが多いが、この湯船は底がすのこ状になっていて、湯船全体から湯が浸入してくるようなイメージだ。つまり、源泉の池の中に湯船が浮いているような感覚といえばよいだろうか。このようなスタイルの足元湧出泉は非常にめずらしい。
そんな極上の湯にのんびりと浸かりたいところだが、蔵王の湯は、高温なのが特徴。48℃の湯が直接湧き上がってくるので、かなりの熱さだ。しかも、日本有数の酸性泉でもある。刺激の強い湯なので、肌に湯が触れるだけでヒリヒリとした感覚に襲われる。たとえれば、パンチ力のあるヘビー級の湯で、長時間、浸かれば浸かるほど体力を消耗していく。
それでも、このすばらしい湯に浸かりたい。私は、1分湯船に入っては、3分休むというルーティンを15回以上繰り返した。体は熱で真っ赤になり、尋常ではないほどに汗も噴き出したけれど、入浴後は心地よい達成感に満たされていた。