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マネジメント

人の心を取り込む術(17) 機知で権力者の気を引く(伊達政宗)

指導者たる者かくあるべし

 秀吉を唸らせた謝罪のパフォーマンス

 奥州の雄として戦国時代から豊臣、徳川の世を生き抜いた伊達政宗(だて・まさむね)は、派手好みの戦上手(いくさじょうず)であったが、それだけでは生き馬の目を抜く世界で生き残れないことを自覚していた。若いころ、政治の中枢から「田舎の山猿」とさげすまれ疎んじられていることを知っていればこそ、時の権力者に食い込むことに腐心した。その武器が〈機知〉によるパフォーマンスだった。
 豊臣秀吉の天下統一のクライマックスは、関東を牛耳る北条氏が依る小田原攻めだった。この時、政宗は秀吉から再三の参戦を求められたが、遅参した。伊達、北条両家の東国戦線におけるそれまでの誼(よし)みからそう簡単に動けなかったのだ。秀吉は激怒する。小田原落城のめどがついたところで、天下の行方を見極めた政宗は小田原に向かった。仕置き(処分)は必至だ。
 秀吉の前に罷り出た政宗は驚きのパフォーマンスを見せる。真っ白な死装束に身をまとい平身低頭したのだ。「万死に値する」と謝罪の意を込めるとともに、「こちらにも事情がある。殺すなら殺せ」という開き直りでもある。
 処分を待つ政宗は、秀吉に同行して小田原入りしていた千利休を訪ねて平然と茶の湯の稽古を志願する。利休から伝え聞いた秀吉は唸った。「政宗は田舎の無粋ものだと思っていたが、することなすこと、雛(ひな)にあっての都人(みやこびと)だな」。お咎(とが)めはなかった。
 天下人となる秀吉に食い込むため、秀吉の機知好みの性格、茶の嗜好を知った上での命をかけた行動だった。危機を逆手にとって、「こいつは使える」と思わせるのに成功する。

 あざといまでの老人キラーぶり

 政宗と秀吉の機知合戦ともいうべきこんな逸話も残っている。
 秀吉は大きな猿を飼っていた。諸大名が登城する通り道に猿を繋いでおいて、猿が歯を剥き出して飛びかかるのを秀吉はこっそり眺め、慌てぶりで人物を評価したという。それを知った政宗は、猿回しからこの猿を借り出した。猿を鞭で叩き、しつける。何度もくり返しているうちに、猿は政宗が通りかかると飛びかかるどころか、怖気付くようになる。そうした上で、猿を返した。
 さて、政宗が登城する日。玄関先に差しかかると猿は飛びかかろうとする。政宗がすかさず睨みつけると、猿はすごすごと後ずさりする。それを見た秀吉は、「政宗のくせものめが、また先まわりしおったな」。秀吉は、政宗の先回りの機知を先刻ご承知で楽しんでいる。 
 またある時のこと。秀吉は住吉大社まで舟遊びに出かけた。政宗も同道する予定だったが遅れた。舟は出る。政宗は馬に打ちまたがって舟を追う。馬を走らせる姿を見て秀吉は、「大方、政宗であろう」と見抜くや、住吉の浜に着岸せず取って返した。帰り道も馬は舟を追う。舟が帰り着くと政宗は出迎えた。
 「おお、今の馬は政宗であったか」と秀吉は驚いたふりをして、「その武者ぶりは見事であった。疲れたであろう。これをつかわす」と、饅頭の詰まった折箱を渡す。受け取った政宗は、ぞんざいに折箱を傾け、饅頭を懐にたんまり入れて、屋敷に戻る。「上様よりいただいたぞ」。残らず家臣に分け与えた。
 遅刻も含めすべて計画通りの演出であろう。秀吉もそれに付き合っている。わかっていても、若手課長のこういう行動は、命を削る決断の連続に日々忙殺される老経営者にとっては、心がくすぐられるものだ。そのことをまた、課長・政宗は心得ている。究極の〈ジジィ殺し〉の食い込み術だ。

 瓢箪から駒

 時は流れて、豊臣の世から徳川の世へと動く。徳川が豊臣追い落としに乗り出した大坂の冬の陣。徳川方が大坂城を包囲して講和が成立。徳川の陣のあちこちで手持ち無沙汰の武将たちが暇つぶしの「香合わせ」の賭けで楽しんでいた。時代を見るに敏な政宗も勝ち組の徳川方にいた。
 賭けの景品として武将たちは、刀や鎧などの高価な武具を出したが、政宗は腰に下げていた瓢箪(ひょうたん)を出した。戦場での水筒として使う泥だらけの品だ。顰蹙(ひんしゅく)を買った。「伊達は洒落ものだというが、やはり山猿だ」。この瓢箪の景品は誰も引き取らなかった。最後の香合わせの正解者が渋々受け取るや、政宗は、「残りものに福がある」と言って、木の方を指さした。「瓢箪(ひょうたん)を手に入れたものには、あれをやろう」。
 木には、白馬が繋がれていた。背には見事な彫金の鞍が載っている。
 「諺(ことわざ)にあるだろう。瓢箪(ひょうたん)から駒が出る」
 天下人・家康の耳に入るのを見越してのパフォーマンスだ。だが、それだけではない。この話を、「奥州の猿」と蔑まれ続けた伊達の藩士たちは誇らしげに語り継いだ。「うちの殿様は大したものだ。どこへ出ても堂々としている」。
 政宗の機知は、天下人をたらし込むだけではなく、部下たちをもたらし込んで誇りを持たせ、軍団の結束力を高めることにもなったという。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『名将言行録』岡谷繁実著 北小路健、中澤惠子訳 講談社学術文庫
『歴史に学ぶ「人たらし」の極意』童門冬二著 青春新書

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