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故事成語に学ぶ(39) 用兵攻戦の本(もと)は、民を壱(いつ)にするにあり

指導者たる者かくあるべし

 組織戦勝利の秘訣
 紀元前3世紀の中国の儒者、荀況(じゅんきょう)が著した思想書『荀子(じゅんし)』にある言葉だ。
 ある日、荀況は、趙の孝成王の問いかけで、用兵の基本について議論した。趙の将軍は、「時期、地の利を勘案し、敵の動静を把握した上で兵を動かすことです」と答えた。荀況は「そうではないだろう」とこれを否定した。そして言う。
 〈私が聞いている昔からのやり方では、用兵の秘訣は民衆、兵士の意思を一つに統一することであります。弓矢を調節し、軍馬を調教するのと同じです。兵士がリーダーに親しみ心を一つにして戦わなければ、いかなる聖天子であっても戦いに勝利することはかないますまい〉
 そうして、心を一つにした軍隊では、「臣下が君主に仕えるあり方は、子が親に、弟が兄に接するようで」、敵の民衆、兵士もわが方に服従するようになると諭した。当初は奇妙な精神論をいぶかしんだ王も将軍も「なるほど」と、この意見に賛同した。
 
 兵を一つに動かす
 荀況が「昔からのやり方」と言ったのは、先立つ時代に書かれた『孫子』の兵法のことである。孫子の「軍争篇」では、戦いにおいて軍を命令に従わせ一致した方向に動かす重要性について語り、旗指物、鉦や太鼓を使うのも、トップの指示を明確に伝えるのに有効な方法だとしている。
 そのことを〈民(兵士)の耳目を壱(いつ)にする〉と表現している。
 古代においては、軍隊は雑然とした農民兵の寄せ集めであり、訓練も行き届かない組織体を一つに動かせるかどうかが、勝敗を分けたわけである。現代においてもリーダーが会社の方針を高く掲げても、その方針を社員ひとりひとりが血肉として消化していなければ、ばらばらに動く。この悪弊は組織が大きくなればなるほど避けがたい。
 『孫子』では、「兵の耳目を一つにする」効用について、〈勇敢なものも勝手に進むことができず、臆病者も勝手に撤退することがなくなる〉と書く。巨大な一つの組織体として機能させることが、〈これ衆を用うるの法なり〉(大部隊を運用する方法だ)と強調する。
 
 ものづくりの原点
 少し違った話をする。昭和最高の仏師の一人、西村公朝師がものづくりについてこんなことを書いているのに最近出会った。
 西村師は、ある寺から仏像の製作を依頼された。ところが仕上げの段階で鼻の先が3ミリほど欠けてしまった。約束した引き渡しの日も近い。接着剤でごまかすこともできたが、彼は懸命に顔全体を3ミリ削って仕上げた。顔を作り直したことになる。心を込めて彫り直した顔の方がより良くなった感じがした。彼は依頼主の住職に正直に自らの失策を告白し、「お顔はかえってよくなった」と話した。
 住職は、驚くこともなく、「それは当たり前です」と言う。
 「私は依頼してから二十一日間、山にこもり滝に打たれて先生がうまく彫れますようにと願かけしていたのです。だから、仏さんが、この顔は気に入らんといって鼻を欠かせたのにちがいありません」
 何も神秘的な仏縁話として紹介したわけではない。ものづくりの原点に触れたようで感じ入った次第である。日本においては元来、「もの」は、関係者が心を一つにして誠心誠意取り組む過程を経て世に出てきたものなのだ。「自分をごまかさずに彫り直したことはとてもよいことだった」と振り返って西村師は言う。
 「やはり造像するときは、彫る人が一所懸命彫ればいいだけでなく、まず頼んだ人、それに関係する人みなが真剣に取り組まなければいけないのです。みなの気持ちが一つになってはじめて、清浄なる材木が、それ以上のものに浄められるのでしょう」
 「ものづくり日本」の再生への道の基本は、まさに「民を壱にするにあり」かもしれない。
 
 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『荀子 上』金谷治訳注 岩波文庫
『孫子』浅野裕一著 講談社学術文庫
『仏像は語る』西村公朝著 新潮文庫

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